第6話 盗人騒ぎ

 

「さっきから随分騒がしいけど、何かあったの? 神父様がパメラが帰ってきたっていうから待ってたのに、いつまでも部屋にこもってるんだもの」


 ルネは可愛らしい頬をぷくっと膨らませて不満そうにそっぽを向いている。「ああ……えっと、ごめんなさい、ちょっと着替えて」『ンンンンンかわいらしぃわねぇーーーーー!』「…………」 思いっきり横入りされてしまった。


 フィーナはパメラとルネの周囲をぶいんぶいんと回りまくって、『ンふぅん、この金髪、私と同じような色合いね。好感度が高くってよ。小さいわ。いくつかしら。十歳くらい? いいわね、立派な淑女になるに違いないわ。ええ、ええ、将来がとっても楽しみね。あら?』 フィーナは至近距離でルネを確認していたが、上から下までを見回したかと思うと、『もしや、男子……?』 震えたような声で衝撃を受けていた。


 首を振りながら顎に手のひらを乗せて眉をひそめる。そしてうんと頷く。『勉強になったわ……!』 何がだ。


 この間数秒ほど、パメラは苦虫を噛み潰したように踊り狂うように飛び回るフィーナを見つめていた。パメラはしごく真面目くさった顔をして、『こういうこともあるのね、かまわないわ。私は美しいものなら何でもよろしくってよ。もちろんその反対はちょっと苦手!』とのことだそうだが、何がよろしいのかはわからない。『嘘よ、とても苦手!』 とてもなのか。


「……パメラ? お腹でも痛いの?」

「ううん、ごめんね。ちょっと元気な虫が飛んでたから気になってしまって」

『あらやだ虫!? 窓を開けなさい、私は虫はあまり好きではなくってよ!』


 もはやスルーを続けるしかない。


「自分で言うのは何だけど、今日は色々とすることがあるはずだものね。あんまり出しゃばるわけにはいかないけど、まかせて」


 ふわりとした袖をぐいっとめくって力こぶを見せつつルネと一緒に部屋を出た。


 スピード重視で着替えたから、今は頭からかっぽりかぶるタイプのワンピースを着ている。ただそれだけでは寂しかったので布で花を模したコサージュを胸元につけた。パメラの服装を見たフィーナは廊下を飛びながらちらりと目を向けて『いいじゃない。可愛らしいわよ』と言ってくれたのでなんだか嬉しくなってしまう。


 ルネはまた頬をぷくりと膨らませた。「……別に、手伝ってほしいとか、そういうわけじゃなくて」 今日はそういう日じゃない、と小さな声を呟きつつパメラの隣に並ぶ。


「最近あんまり話せてないし、今ならちょっとはいいかなって思っただけで」


 そう言って、こほんといがらっぽい咳をする。パメラはちらりとルネを見下ろした。おかっぱ頭のつむじがよく見える。それからぐしゃぐしゃと撫でてやった。「やめてよ! やめてったら!」「体調は大丈夫なの? 寝てた方がいいじゃない?」「もう治ったよ! 何度もそう言ってるでしょ!」


 ちょっと咳が残っちゃってるだけ、と顔を真っ赤にしてルネは両手をじたばたさせた。さすがにそろそろ、と距離を置くとルネはむっとした表情をしていたが、不思議とどこかそわついているようで、ちらりとパメラを見上げた。


「……どうしたの?」

「な、なんでもない」


 そう言つつも少年の口元がむずむずしていることに気がついた。しばらく待っていると、ルネはパッと顔を上げた。「あのね、パメラ。朝は言えなかったんだけど、プレゼントはちゃんと準備してるから! 枯れない花だよ」 と、言ったあとに自分自身しまった、という顔をした。隠そうとしていたことらしい。ううん、と唸っていた少年の頭を、またパメラは撫でた。すると、わあっとまたルネは暴れた。可愛らしい弟分である。フィーネはどこから取り出したのかわからないふりふりの扇で口元を覆って羨ましそうにくるくるしていた。


 そんなときだ。孤児院全体を揺らすほどの大声が響き渡ったのは。


「この、盗人が!!!!!」



 ***



 一体なんの騒ぎなのか。パメラは怒声に驚くルネに、部屋に隠れているように伝えた。他の子供達にも決して顔を出さないように告げて、年長を中心にいつでも逃げることができるように指示をする。自分の身を守れない子供達が大半だ。大声を聞いて震えて泣き出してしまっている子供までいる。


 とにかく事態を把握すべく駆け下りるように階段を降りて玄関に向かうと、テディオが見ず知らずの男に首元を掴まれていた。「ひっ」と自然に溢れた声を見て、男はちらりとパメラに目を向けたが、やめなさい、とさらに声をあげようとしたパメラをテディオは手で制した。


「申し訳ございませんカルーバル様、たしかに私達は一時的にそちらの馬車を敷地に停めてはいただきましたが、盗人とは一体なんのことだが……」

「へらへらと笑って、随分余裕な様子だな!」

「……っ!」


 テディオに掴みかかっていた男はさらに力を強めた。掴んでいる男よりもテディオの方が背が高いから妙に滑稽な状況だが、これはもう耐えきれない。静止を願われたことすら忘れて、「何をしているんですか!」とパメラが顔を真っ赤にしながら大声を出すと同時に、「やめなさい!」と、カルーバルと呼ばれた男はさらに別の男に叱責された。そちらの人間の名はさすがに街に住んでいれば顔と名程度は知っているものの方が多い。治安隊の隊長補佐である。


 銀の髪を後ろになでつけた制帽をかぶった美丈夫は、「カルーバル様。暴力に訴えると言うのでしたら、話が違います。僕はあなたの勝手を許すためにこの場にいるわけではありません」とぴしゃりと言い切る。


 隊長補佐である青年の言葉をカルーバルは苛立たしげに聞いて、舌打ちをしながらテディオを突き飛ばした。ぐらり、と倒れたテディオにすぐさまパメラは飛び込んで支えた。すまないね、とテディオが謝る声が聞こえて、わけもわからず首を横に振る。


「カルーバル様! 暴力に訴えるのはおやめくださいと……!」

「ふん、貴族が盗人にかける情などあるものか」


 こうして正面から見ると、カルーバルは壮年の男であり、質のいい布を使ったそれなりの服装をしている。そして自身が貴族、と言っている通りに随分尊大な態度だ。

 フィーナに会わなければパメラも場の雰囲気に呑まれてしまっていたかもしれないが、彼はフィーナに比べるとどこか服装は間が抜けているし、妙に演技がかった仕草でこちらを圧倒するものが何一つない。


 ただし、状況が状況だった。先程叫んだ盗人、という言葉はこの男に間違いないだろう。あまりよろしくはない言葉だ。

 そしてそれと合わせて、『あがががが』 パメラの頭の上は大変なことになっている。フィーナは取り出した扇を必死に自分の顔を隠して、がくがくと震えていた。『汚い!!!!!』 カルーバルなる男への感想である。


『んぎたない! 目に入れたくないわ! ダサい! 全面的にダサい!!!! ……オエッ』


 今あからさまに吐いた仕草をした。


『こっちの銀髪のイケメンならいいわ。清潔感があるもの。でもあの男は駄目。見なさい! 顎のひげが三本も剃り残しがあるわ!』

(イケメンって……治安隊のケビィトさんだよ。名前しか知らないけど。なんでいるんだろ……っていうかひげなら神父様もあるけど)

『神父のひげはもじゃでしょう! あそこまでもじゃってるのでしたらいっそのこと個性の一つ! 中途半端に三本のひげよ!? 意識の低さが垣間見えるわ……! それに見なさい! ほら、鼻毛も生えている!』


 フィーナはフリーダムに動き回り、カルーバルの下からつんつんと人差し指を向ける仕草をして鼻の穴を指さしている。鼻毛は許してやれよ、と言いたくなってしまった。


『ハァ……ハアッ! この上下の服の色合いのちぐはぐさなんて、もう、もう……! 庶民が貴族と同じように身綺麗にできないことは理解しているし、それにわざわざ口を出すつもりはないけれどもこの男は別よ! いいえ、あんなやつ、貴族であってたまるもんですか! この鼻毛!』

(鼻毛を名前のように言わないで……!)


 たしかにカルーバルのズボンはピンクと白のチェックで可愛らしい色合いをしているが、上半身はきらびやかな金色だ。奇をてらおうと失敗しているのは間違いない。フィーナもフィーナなりに美学があるのだろうが、ふごふご興奮している彼女を他所に、さらに空気は重苦しく変わっていく。


「テディオ神父。私は治安隊補佐のケビィトと申します。こちらカルーバル様は貴族ではいらっしゃいますが、商人でもいらっしゃいまして……。王族へ品を納品するために一代限りの爵位を与えられた、とのことです。そして王都からの荷を運ぶために先程街にたどり着かれたのですが、その際に一部宝石がなくなっている、と証言していらっしゃいます。街に着く前にこちらの孤児院に立ち寄ったとのことでしたので、念のため確認をさせていただけましたらと」


 ケビィトが説明をする際、カルーバルはとても嬉しげに鼻の穴を広げていた。ケビィトが苦々しい表情をしていることには気づいてはいないらしい。本来なら不要なほどカルーバルのことを詳しく説明したのは王族とのパイプを持っている、ということをテディオに警告しているのだろう。

 いつもはへらり、へらりと笑っているテディオの顔が、ぐっと引き締められ、空気が固くなるのを感じる。


『街に行こうとして迷った。そして孤児院で道を聞いた、ということかしら。もう少し早く来てくれればさきほど面白いものが見られたのに、とあの神父……テディオが言っていたわ。パメラがパンの配達に行く最中、あの商人がやってきたんでしょうね』

(そ、そんなこと言ってた……?)


 フィーナはつまらない顔をしながらも腕を組んでふわふわと宙を漂っている。そしてカルーバルの存在がとにかく許せないのか、お上品に指の先でつんと鼻をつまみながらしかめっつらをしていた。

 パメラのスキルを未来視ではなく未来予知だと見抜いたことや、知るはずのないスキルの使い方を教授するなど、彼女はとても察しがいいし、注意深いのだろう。

 そしておそらく理論を組み立てる能力がとにかくずば抜けている。しかしこうしてぽかんとフィーナだけに意識を向けているわけにはいかない。


「念のための確認? ふんっ、そんな必要があるものか。私は犯人に目星はついている」

「何をそんな、ご冗談を……」

「冗談なわけがないだろう!」


 叫びすぎたのかカルーバルは汗だくになっている。ハンカチか何か持っていないのだろうか、と思わずカルーバルが着た服の胸元に目を向けたが、もちろん何もない。


『それにしてもダサい男ね。ポケットチーフもラペルピンもないのね。まあ、下はピンクのチェックのズボン、上は金色のジャケット、これにさらに属性が増えていたらカルーバルじゃないわね。一人カーニバルね。改名すべきよ』


 なにやらおもしろいことを言っているが、絶対に反応してたまるものか。

 ハンカチを使って大汗をぬぐいながら喚き散らしている姿はとても王都からの商人とは思えないが、本人がそういうのなら事実かもしれない。


(待って、宝石……?)


 パメラはぞっとして顔を上げ目を見開いた。面白いものが見られた、というテディオの言葉は、何も商人が迷い込んできたという意味だけではないだろう。彼はそんなふうに人をあざ笑う人間ではない。おそらく商品である宝石もちらりとでも見せたに違いない。そして子供達を喜ばせ、街に行ったが、手元の宝石が足りないことに気がついた。

 この街はもとではあるが宝石の街だ。貴金属を盗むことは重罪であり、重い罰を与えられる。だからこそ隊長補佐であるケビィトがわざわざこの場まで赴いているのだ。


 けれど、なぜだろうか。ちかりと頭の中でひっかかるものがある。パメラの頭の上ではフィーナがこくりと首を傾げている。はっと彼女を見上げた。


「お前達が盗んだ宝石は、私がパメラフィナート・エーデルシュタイン様より直々に賜ったもの! 目に留める程度ならいざしらず、お前達が触ってもいいものでは、決して無いぞ!」


 そしてカルーバルの叫びを聞き、パメラはただただ無になった。表情をぴしりと固まらせて、頭の上の女を見つめる。


『あら、私ね?』

 ――私ね、ではない!


『私、自慢じゃないけれど記憶力がとってもいいの。良すぎるから、興味がないことはあえて忘れるようにしているの。だからあんな男のことなんて覚えてないわぁ』


 ぞわぞわと、まるで恐ろしいものが忍び寄ってくるようだ。

 路地裏に落ちていた宝石は、生前フィーナが大切にしていたもので、フィーナはその中に眠っていたという。つまり、カルーバルが盗まれたと主張している宝石は、パメラが“食べた”ネックレスである。


 孤児院から路地裏にたどり着くまでにフトッロ達を相手したり、配達したりしていたから随分時間がたってしまっていた。その間にカルーバルが街にたどり着き、落としてしまったというのなら時間的にも辻褄が合う。孤児院に向けられた罪状はただの濡れ衣だ。


(フィ、フィーナ! 今すぐネックレスを私の身体から出して!)

『一体どうして?』

(どうしてって……!)

『ほうっておきなさいよ。宝石を採掘する街での盗みは重罪。鞭打ちと追放。子供や老人なら場合によっては鞭打ちだけで死ぬでしょうね。でもそんなの割に合わないし、もとは私の宝石だもの。返さないことになんの罪があって?』


 フィーナは先程までの様子を忘れてしまったかのようにひどく冷淡に突き放した。パメラに目もくれずに、白い手袋を脱ぐと、ふうっと指先に息を吹き付けぴかぴかの自分の爪を見つめている。

 所詮は幽霊、俗世のことになんの興味もないのだろう。


(どうしよう……!)


 なぜもっと早くこの考えに至らなかったのか。何もないところから宝石が降ってくるわけもなく、“どこかからやってきた”ということは当たり前のことだ。


「ここでこうして話していても拉致が開かない。中を調べさせてもらうぞ。ケビィト殿も、それで構わんな?」

「ええ、そうですね……」

「待ってください、どうか子供達に乱暴は……」

「うるさい!」


 こうしている間にもずかずかとカルーバルは孤児院の中に入り込んでいく。土で汚れた靴の足跡が廊下に残る。


「待ってください、宝石を盗んだのは私です!」

『パメラ?』


 一番に驚き声を上げたのはフィーナだった。


『やめておきなさいと言ったのに! 宝石がどこからも出てこない以上、誰も罪を問われることはないわ!』


 そんなこと、パメラだって知っている。けれども、万一の可能性はあるし、カルーバルが子供達に乱暴をするかもしれない。だというのに、黙っていることなんてできなかった。


 ぶるぶると拳が震えているのは情けないことにもこれから何がおきるのかということに対する恐怖だった。しっかと床に足をついて、まっすぐに前を向いた。そうしなければ、今にも倒れてしまいそうだったからだ。


 ただ、そんなパメラの覚悟も、カルーバル達にとっては鼻で笑う程度のものだったらしい。


「お前が? 一体どうやってだ。お前の顔など、今初めて見たぞ」

「パメラ、お前はカルーバル様がいらっしゃったときに孤児院にいなかったじゃないか」


 テディオまでが困ったようにいつも以上に眉を八の字にさせてパメラの言葉の撤回を求めている。


「あの、盗んでしまったネックレスは、その、今はお渡しすることはできませんが、街で拾ったんです。本当のことです。罰はしっかりお受けしますし、ネックレスも返します! だから孤児院のみんなは関係ありません!」

「君、かばいたい気持ちはわかるがなくなったものはネックレスではないんだよ」

「……え?」


 ケビィトは困ったように帽子のつばに手をかけながらパメラを諫めた。

 そして呆然としたのも一瞬だった。


「あいつだ! あの金髪!」


 カルーバルは毛だらけの太い指を眼前に向ける。カルーバルの指の先にいたのはルネだ。部屋の中に隠れておくようにと言っておいたのに、いても経ってもいられなくなったらしい。


「あいつが盗んだんだ!」

「ひっ、ぬす……? えっ? ひゃあ!」


 カルーバルは大股でルネに近づき、少年の細い腕をひねり上げた。すかさずルネのポケットに手を入れて、何かを引っ張り出す。彼が素手で握りしめているのはブローチだ。ただブローチとは言っても真っ赤な宝石がじゃらじゃらとついていて、カルーバルの手に隠せるほどのサイズではない。たしかに、それはルネのポケットに入っていた。


「大方、ここの神父に命じられて俺の荷台から掠め取ったんだろう、この、盗人め!」



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