第5話 孤児院
「パメラフィート様に、本日ぜひともお受け取りいただきたいものがございまして……」
女は椅子に座ったまま、ぴくりとも動かない。ただゆるりと瞬いただけだ。しかしその動き一つで、商人は跳ね上がるほどに震え上がった。すぐに身体を小さくさせて平伏する。
「宝石を! 各地から集めました私が集めましたこの品々、ぜひ御覧くださいませ、か、必ずご満足いただけるかと……!」
輝くようなきらびやかな石達は、周囲の空気そのものを吸い取ってしまったかのように七色に歪ませた。侍従達すらもはっと息を飲み込むほどの美しさだ。
「パメラフィート様は、いつもお若く、お美しくいらっしゃいますので、この石達をもとに、さらに磨きをかけ……う、うわあああ!」
ぱちり、と女は指を鳴らす。たったそれだけで商人は引きずられ、消えていく。その様を、一人の男はただ表情を押し殺し、苦しげに見つめていた。
「やはり、無駄だったか」
目鼻立ちが整った、すっきりとした鼻梁の男だ。ミグドラル国では珍しく、深いオリーブ色の髪色をしていた。男はパメラフィナートの金の髪を一房すくい、口づけた。「あれほど、お前が愛していた石達だというのに」 ぴくりともパメラフィナートは動かなかった。固く、まるで彫刻のような女だ。
「笑ってはくれぬのだな、フィーナ……」
***
『うふっふ、うふっふ、うふふふふっふ! だめ、やっぱり笑いが止まらないわぁ、この甘酸っぱさ、例えるならトパーズの柔らかな色合い? それともプレーナイトの弾けるような瑞々しさかしらぁ?』
だんだかだんだかだんだかだん。
フィーナはただただパメラの頭の上でじゃかじゃかダンスを披露している。宙で踊っているだけならまだいい。足踏み台として、たまにパメラの頭をぱっこんぱっこん叩くので、触られている感触はないのだかなんだかちょっと腹が立つ。踊り場じゃねぇぞと言いたい。
パメラはぐっと口を横一文字に引き締めたまま、ジャンに手を引かれてとことこと丘の上を上がった。満足いくほどに踊れたのだろうか。かいてもいない汗をふうっと拭うふりをしたフィーナは、『つまり、あなた達ってそういうことなのよね?』と、問いかけた。
一体何がそういうことなのか、と言いたい気持ちにあふれていたけれども、先程からパメラとジャンを見て、甘酸っぱい、だの瑞々しいだの言いながらニヤつきが止まらないフィーナの様子から、なんとなく言いたいことはわかるので溜め息をついてしまった。
『いいのよ。輝くためには恋は一匙のエッセンス。女をぴかぴかに磨き上げるものよ。もちろん輝き続ける私にも婚約者がいたわ! どんな顔だったか忘れてしまったけど!』
でもギリギリ名前は覚えているわ! とじゃんっとフィーナは両手を広げているが全然ギリギリではない気がする。
「……違うよ」
『んん?』
(ジャンは家族だから、そういうのじゃないよ)
小さな声で呟いた後で、フィーナは頭で考えるだけでも伝わるのだということを思い出して改めて考え直す。
たしかにジャンは年も近いからからかいを受けたことはあるけれど、家族を相手にしたものはあまり楽しい気分にはならない。それにこういった話題になるとき、パメラ以上にジャン本人の方がどこ吹く風でまったく気にしていない様子であることもわかっていたから、より何かもやもやとした気分になる。告白をしていないのに、いつの間にか振られた気分というか。
(いや、そもそも本当に好きとか、嫌いとかではなく……)
今でこそジャンは街に稼ぎに出ているので会う頻度も少なくはなっているが、そこにいるのが当たり前の存在なだけであって……と、いうことをどう伝えたらいいものか、と困りながら考えると、意外なことにもフィーナは、『あらそうなの』とあっさりと食い下がった。
『別に、あなたのことを知りたいと思っただけだもの。違うなら違うでかまわないわ』
おそらくそれは本当に言葉の通りの意味らしく、フィーナはくるくるとパメラの周囲を旋回した。
『ねぇ、パメラ、私、あなたのことをあまり知らないじゃない。これから一緒にいるんですもの。もっと色々と教えてくださる?』
(これから一緒にって……)
パメラを輝かせるだとかなんとか言っていたことはどうやら本気らしい。どう返答すればいいものか、と考えたが、これも確かに何かの縁だ。生前パメラがお気に入りだったというネックレスを触ってしまったときからこうなる運命だったのかもしれない。スキルを授かったときから、人は運命が決定づけられるのです、と神父はよくパメラに語った。彼は熱心なフェイデ教の信者である。
ちなみにくだんのネックレスはフトッロとの拳での語り合いの際に入れていたバスケットごと地面に放り出してしまっていたので、慌てて回収して今はジャンと繋いでいる手と反対の腕にひっかけている。『次、きちんと丁寧に扱わなければ爆発させてやるわよ』とうふりとパメラの耳元でフィーナが囁いたので、爆発というのはよくわからなかったけれど、とりあえずよくないことが起こるということは肝に銘じた。そもそもネックレスの真ん中には大きな宝石が埋め込まれているから、価値があるものということは大した知識のないパメラにだってわかる。
宝石を身に着けたことはなくても、宝石の街の中で生まれ育ったのだ。店頭のガラスケースに入れられて大切にされていたものを通り過ぎる度にこっそりと目にしていた。粗末に扱うわけにはいかない。
(あっ、でも、このネックレス、質屋に入れればけっこうなお金になるかも……)
『爆発コースね』
「ただの冗談ですとも!」
ん? とジャンが振り向いたから慌てて首を振って、なんでもないと主張した。
(えっと、えっと、なんだっけ私のことを教えるって?)
孤児院にたどり着くまで、もう少しだけ時間がある。どうせジャンは無口だから、特に話すこともない。ざわざわ、と葉っぱがこすれる音を聞きながら、ゆっくりと流れる空の雲を見上げて考えてみた。
『いいわ。ごまかされてあげる』と、フィーナは肩をすくめて、『色々と教えてほしいと言っても、別に、難しいことを聞こうとしているわけではないわ。まず、今はどこに向かっているの?』と、丘の上を見上げた。
そういえば彼女には何も説明していなかった。慌ててパメラは頭の中で、今は丘の上の孤児院に向かっているということを伝えた。そこが自分の家であるということも。
『ふうん。と、いうことはそこの男の子、ジャン、だったかしら。家族、ということは彼も孤児なのね?』
(そうだよ。とはいっても、ジャンが来たのは四年くらい前だったかな。孤児院ができたときよりも後だけど)
『できたとき? あなたは生まれてからずっとそこで育ったわけではないの?』
(神父様……ええっと、孤児院を運営していらっしゃるテディオ様が街に来られたのが七年前のことで、フェイデ教を広めに教会からいらっしゃったんだけど、そのときには宝石の発掘にも陰りが見えていて、親がいない街の子供が生きていくにも難しくなってきていたから、テディオ様が自費で孤児院を開いてくださったの)
今でこそ、ひげもじゃでちょっと怪しい背の高い男であるけれど、昔はもう少しぴっしりとしていたような気がする。パメラは声を上げて泣く大人を初めて見たのも彼だ。これに関しては、うっすらとした記憶がある。自分の年も曖昧でわからないパメラの手を取って、気の毒だと泣いてしまったところ、生意気にもパメラは言い返した……ということを、パメラ本人は覚えていないが、神父から笑うように何度も語られたから、嘘か本当かわからないくらいにすっかり記憶に刻まれてしまった。
(だから母体である教会は街にあるけれど、私と神父様達が住んでいるところは別。昔誰か知らないけど貴族が建てたはいいけれど、結局使わなかった大きな家があったから、捨て値で買い取ったって)
『どうりで妙な場所に建っているのね。まったく、貴族の道楽にも呆れたものだわ』
ぷんっとフィーナはそっぽを向いている。その道楽のおかげで、パメラは雨風をしのげる場所を得ることができたのだから十分すぎるほどに感謝している。
『それで? パメラはスキルを授受されたばかりならば、年は十二歳よね? ジャンは? 大人びて見えるけど』
(十四歳。私は誕生日を適当な日にしてしまっていたけど、ジャンは最初から自分の誕生日を知ってたから、スキルをもらっても驚かなかったみたい)
『パメラは誕生日を知らなかったってこと? そんなこともあるのね。ふうん。ジャンのスキルはなんなの?』
(わかんない。でも、魔物使いかもってみんな言ってる)
スキルが仕事に直結することが多い中で、ジャンは少し珍しいケースだ。彼は誰にも自分のスキルを言わずに本来の自分一人の力で生きている。それでも、二年前にジャンがスキルを得たときから、街に魔物が襲い来る頻度がぴたりと減った。今もジャンは街の外壁の改築作業の仕事を受け持っているけれど、以前ならばもっと魔物が来て手間取っていたはずなのに、という言葉を街でよく耳にする。
もしかしたら……という噂が広がっても、ジャンはやっぱり誰にも自分のスキルを口にはしないから真偽は不明だ。
『魔物使いというのも、庶民にしては珍しいスキルね』
フィーナが相変わらずふわふわと頭の上を飛びながら考えていたが、あれっとパメラは驚いた。
(庶民か貴族かでスキルに違いがあるの?)
『もちろんよ。庶民はスキルが仕事に直結することが多いのでしょう? スキルとは自分が求めるものが形作られるものだから、生きることに余裕がなければ生活に結びつきやすいの。貴族はその点、血統が優先になることが多いわね。もちろん例外もあるわよ』
(だからみんなしたい仕事に合ったスキルを持ってたんだ……)
『こんなこと貴族にとっては常識だけれど、庶民にとっては違うのね。他にも血統が優先されやすいスキルというものもあるから、スキルそのものでどこの血筋がわかることもある。そんな中であなたのスキル、【未来予測】だけど』
未来視と呼んでいたはずのスキルだ。なんとなくびっくりして無意識にスキルを使用してしまう。ぴこん、ぴこん、と矢印が丘の上を差している。矢印はパメラが歩く先を予測しているのだ。
『正直、庶民としても血筋としても珍しいわねぇ……』
「なんで!?」
いきなり大声を出してしまったから、ジャンがぎゅっと私の手を握った。「……なんだよ」 そしてさすがに怪しまれてしまったようだ。「いや、あの、えっと、そろそろ着くから、もう引っ張ってもらわなくっても大丈夫かなぁ、と!」「……ん」 ちらりとこちらを振り返ったジャンはぱっと手を離して、ポケットに手を入れた。
(ご、ごまかせた……!?)
『そうかしら? これでごまかせるということは、普段から奇天烈な言動が多いということになるけれども?』
フィーナがいつの間にか口元を扇で隠しながら、ちょこっと首を傾げている。悔しくて口元を噛みしめるしかない。それよりも、だ。
(私のスキル、珍しいの!? 神父様はご存知だったから、この街では見かけなくても外じゃ違うのかなぁって!)
『さぁ……。すくなくとも私は知らないわねぇ。未来予測という名称も、私が勝手につけただけ。スキルは思想に結びつくもの……ねぇパメラ、そんな見かけであなた、人よりも随分面白い中身をしているのね?』
何を思って、考えてそんなスキルになったのかしら、と含み笑いをするフィーナを見て、困って縮こまってしまった。
思想がスキルに基づくということは、心の中の本質だから、ごまかせないということだ。だって、パメラだって本当はもっとみんなが持っているようなスキルが欲しかった。お金を扱うのなら『計算』でも、食材を扱うのなら、『調理』でも。
(……珍しいスキルなんて、別にいらなかった)
でも、不思議と胸の奥がわくわくする。パメラのスキルは、決してランダムに与えられた不遇なものではなく、自分自身の意思によるものだったのなら。それなら、役に立たないと言われたスキルでも意味があるのかもしれない、と思うと踏み出す足も自然と力強くなってしまう。
そうして気づいた。死んでしまったとはいえ、パメラの頭の上でふわふわ自由に浮いているフィーナだって、もちろんなんらかのスキルを持っているはずだ。ということは、つまり。
(フィーナが幽霊になったのは、スキルの力なの?)
『ええ、そうでしょうね。死んでからも使えるだなんてびっくりね』
あっさりと彼女は肯定した。スキルは人の本質を表す、ということはフィーナの性格に応じたものなのか。もしくは彼女は貴族らしいから、エーデルシュタインという家に代々伝わるスキルを持っているのか……。
色々と考えて、他にも気になることがあるから、そっちを先に聞くことにした。
(フィーナの年はいくつ?)
『あら、優しいのね』
唐突に、そう告げられる言葉の意味はよくわからなかった。ぱちぱちとパメラが瞬いている表情をフィーナはくふりと笑って見下ろしている。
『スキルは人の本質を表すこともある。そう説明したから、私のスキルを聞くのをためらったのでしょう?』
どきりとして口元を一文字にしてしまった。『でも、乙女の年齢を尋ねるのは、万死に値するわ』 万死らしいのでそっちの方が罪が重かった。
いやさっき、私には聞いたじゃないの……とパメラは目の前にテーブルがあればえいやとひっくり返したい気分になったが、そんなことをしてもひらりとかわされるだけなような気がする。むふふ、とフィーナは口元を猫のようにして嬉しそうな顔をしている。
『嘘よ。いい女は年なんて隠さないの。年齢といえばいいのかわからないけれど、死んだ年は十八のときよ。それから八年、眠っていたらしいけどね……。ところで、あの建物。私達が向かっている目的地で間違いない?』
なんとも底が見えない幽霊だった。
***
「おかえり、遅かったね……やあ、ジャンも久しぶりだ!」
扉をあけると、相変わらずくたびれた服を着たテディオはたれた目をさらにたらして、にっこりと笑っている。
全体的にゆったりとした、見ようによってはだるだるの服はフェイデ教徒の大切な衣装……ということらしいが、いつも着ているものだからすでに作業着のようなものだし、今日は真っ白な粉で汚れていていつも以上にくたくただ。フィーナはむん、と眉をひそめて神父の顔を見つめていた。そしてぶくしゅん! と大きなくしゃみをしている。『ぶくしゅっ、ぶくしゅっ!』 顔を歪めてくしゃみを繰り返す様はとにかく大変そうである。
『こいつ、見かけはこんなんだけど熱心なフェイデ教徒ね……! おかげで! 鼻が、むずむずして、たまらないわっ! ぶくしゅっ!』
たしかにフェイデ教はアンデット系のモンスターに効く魔法を取得可能、と聞いたことがある。テディオならば常時なんらかの効力がある魔法を取得していてもおかしくないけれど、それでも鼻がむずむずする程度なのね……と、何かがっかりしてしまう気持ちだ。寧ろ、フィーナが幽霊として規格外すぎるのかもしれないけれど。
お久しぶりです、とジャンが小さく挨拶をするとさらに嬉しそうに顔をほころばせるテディオだったが、パメラに目を向けた途端、ぱっちりと瞳を見開いて、「もしかして配達の途中に何かあったのかい?」と問いかけた。
「な、何かって? 何か? もちろん何もありませんよ!」
「服が随分汚れているから」
「……ああ!」
てっきりフィーナのことかと思ったので挙動不審になってしまったが、そういえば穴掘り兄弟の落とし穴にはまったときにひどく汚れてしまっていた。ぱたぱたと自分の服を叩いて、「こけました!」と告げた。困ったような顔をするテディオは、薄々は気づいているのかもしれないがこうしていつもごまかしている。悲しませたいわけではない。
「それなら、早く着替えておいで。今日はごちそうだよ」
「はい!」
ジャンを残してパメラは部屋に戻ろうとする最中、「残念だな、もう少し早く来てくれれば面白いものが見られたのに……」とテディオがジャンに話す声が聞こえた。それからジャンも一度街に戻らなければいけないらしく、また来ます、と声をかけている。
背後で遠ざかる声を聞き、面白いものってなんのことだろう、と考えながら、おかえりと声をかけてくる院の子供達に片手を振って挨拶をする。大抵の子供は十二歳になると街に出るから、パメラよりも年下の子供ばかりだ。フィーナは興味深そうにふわふわと飛び回りながら子供達や建物の中を覗いている。
『ここがあなたの部屋?』
「うん、別に私一人のものではないけどね」
基本的に部屋は二人から三人で使用している。『パメラ! このベッド、とても高いわ! どうして縦にならんでいるの!?』 お嬢様は二段ベッドをご存知でないらしい。幽霊なのに器用にぼふっぼふっとバウンドするふりをする彼女を腰に手を当てちょっと呆れた。
「二人でも一緒に寝ることができる便利な家具だよ」
『あらまぁ! 庶民は狭い場所で生きているから大変なのねぇ!』
「そうだよ。ただの庶民のお部屋。だからあんまり色々見ないでね」
パメラ一人の部屋ではないので同室の少女に申し訳ない。ここまで帰ってくるまでに色々と大変なことばかりだったが、今日は手伝いが多い日だ。パメラは手伝わずに見えているだけで、と言われてしまうかもしれないが、ぼんやりしているだけなのは性に合わない。さかさかと手早く着替えて、テディオのもとに向かう準備をしている最中、困ったことに気がついた。
「……このネックレス、どうしよう」
フィーナから預けられたネックレスは入れていたバスケットごと持ってきていた。壊れ物を取り出すように包んだ布をゆっくりとめくりあげると、まるで吸い込んでいた光が吐き出されたかのように中心にはめ込まれたまあるく大きな石の中できらきらと星が散っていた。「すごい。綺麗だなあ」『でしょう?』 勝手に、感嘆の声が上がっていて、ちょっと恥ずかしくなった。
ポケットの中にいれるには重たいし、首に提げるのも場違い過ぎて何だか怖いし、部屋に置いたままにするにはもっと不安だ。
『幽霊である私と生きているあなたを繋いでいるものだからきちんと大切にしてちょうだいね』
「そ、そうなの?」
『ネックレスを触ったときから私を見ることができるようになったでしょう? あなたがネックレスからその中で眠っていた私の存在を読み取ったのよ』
「読み取った……」
改めて今までの自分の認識が異なっているということに、奇妙な感覚があった。それは静かで、ぞわぞわとしていて何かが変化する前兆のような、それともあっさりと変わってしまったことに自分自身がついていけないのかわからない。どくり、どくりと波打つような心臓の音が聞こえた。でも決して不快なものではなくて、ぞくりとパメラの体中を震わせただけだ。
早起きをした日に胸いっぱいに空気を吸い込んだ後のような、不思議な清々しさもあった。
『うふふ。もしかしなくとも、保管の方法に困っている様子ね? わかる。わかるわよ、私にもそういったときがあったわ』
「え……まあ、そうかな」
口に出さなくてもパメラの考えはわかる、とフィーナは言っていたが、それはパメラがフィーナに伝えよう、と意識的に考えたときに限るらしい。たしかにどうやってこの立派すぎるネックレスを持とうかと困ってはいたが、そればかりを考えていたといわれるとちょっと違う。むふん、と相変わらず猫のような口元でふわふわと宙を浮いているご令嬢は、なんでもお見通しよ、と言いたげに腕を組んでなにやら自慢げな顔をしている。
「うん、そうだね。困ってる。下手に持っていたらどこかから盗んだと思われそうだし……」
『その悩みはわからないけれど、なんにせよ、簡単なことよ。食べたらいいじゃない』
「……ん?」
『持てないというのなら、宝石を食べてしまったらいいじゃない?』
まるでどこぞの王族が朝食のメニューについて話したような、そんな不可解さがそこにあった。
会話をしているはずなのに、何を言っているかわからない。フィーナとしての当たり前を、パメラは理解することができない。
「……たべ、たべ?」
『だからこうするのよ』
フィーナがそういって、ぱちんと親指と人差し指をこすり合わせ音を鳴らすと、パメラの手のひらの上にあったはずの宝石が、つつんでいたはずの布を通り越してつぷんっと吸い込まれた。まるで水辺に投げ込んだ石がそのまま落ちてしまったようなあっけなさだ。
「え、え、え、あ、え、あ、え!!!!?」
『あらごめんなさい。そういえば、宝石を食べる人間はあまりいないのだったわ』
「あんまりいない!? 貴族なら普通にあることなの!? っていうか食べるって今身体の中に吸い込まれちゃったんだけど!?」
『私以外は知らないわ。なんていったって私は愛しいものなら宝石すらも食べてしまう悪食の美しい悪女、パメラフィナートだもの』
当たり前のように言われても困ってしまう。フィーナは唇からちろりと赤い舌を見せてご満悦な表情だ。うっとりするような微笑みを見せて、『甘酸っぱくて、すごくおいしい……』と恍惚な表情を見せている。なにが? まさか宝石のお味が?
『私とあなたは今はつながっているから少しスキルを共有したの。ああ……だめ。久しぶりに食べると、逆にお腹が空いてしまうわ。パメラ、あなた宝石を他に持っていない? 美しくて、きらきらしたものでないとだめよ』
「持ってるわけないでしょ……!!?」
どこに吸い込まれてしまったのかとふんふんと自分の右腕を振って取り出せないか確認してみる。でももちろんだめだった。「な、なんでなのーーーー!!!?」「……パメラ、なんだかちょっとうるさいけど」
文句を言ったのはフィーナではない。頭を抱えながら勢いよく振り返ると、金髪のおかっぱ頭の可愛らしい少年が訝しげな顔をしてドアにもたれかかっている。
「ノックはしたよ。でも、全然返事をしてくれないから」
ぷっくりと頬を膨らませているのは今朝ぶりの少年だ。
赤毛の髪をぐしゃぐしゃにさせて、「ルネ……」と、パメラは口元ををひくつかせてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます