第3話 時は満ち足り、世界の修正の時

ここは王宮のどこか。地下深くの光が入らぬ所で人影がうごめいている。よく見ると、かすかな光魔法を使い、その小さい光を頼りに何かを書いている。書いた文字は光を放ち、ゆっくりと消える。すると、文字は違う文字へと変わり。同じように書き込んだ文とは全く違う文に変わる。


「契約の儀は成功したと思われるが…。」


 今回は色んな意味で国にとって異例の事態だ。このことは、きっと瞬く間に世間に広まるだろう。精霊教会がどう動くか。必ず、今まで通りとはいかないはずだ、この国も、精霊教会も、人も。特に一部の精霊教会の信徒は、ルキウスを希望の光として見る。そこで、人の上に立つ者としての振るいまい方を覚えてもらわねば。第二王子という肩書きと容貌も相まって、自分がいずれ人の上に立つことなど考えてもいない。もし、もし全てが間違っているのなら、今こそ正す時だ。


 ルキウスを育てるには苦労した。この環境で精霊好みの美しさに仕立て上げるのは簡単ではなく、あの家族のもとで卑屈になるのは仕方ない。それは想定内だが、卑屈すぎてもいけない。憎しみを抱かせないように彼には負の感情を吐き出せる味方が必要だった。怒りや増悪などの激しい感情を抱かせると、世界の軌道修正は望めない。だが、計画上このことを隠し続けるのは不可能、また全てを知った時、ルキウスの心が壊れる可能性がある。だから、敢えて仲間の手も借りず、自分だけで対処した。私の存在が裏にあるとは考えていないだろう。そのはず、出会うことは生まれた時から決まっていたのだから。だから、このことが露見したところで関係は壊れることはない。


 彼こそが本当の王になるべき人だ。第一王子ではなく、ルキウスが…。私はいずれ、彼を支える人間に、いや、土台、養分となるべき者だ。同時に、あの子のことを愛しく思っている。人としても幸せになってほしい。私はどうあがいても、表立ってあの子の味方になることはできない。これからも、踏みにじりながら、あの子を強く、美しい花から木に育てなければならない。あの愚かな王と女王は、ルキウスに精霊を第一王子に譲渡しろと命じるだろう。いくら、第一王子が優秀でも、精霊との契約は初代国王とその精霊の誓いの下で成り立っている。無理矢理奪えば批判は免れない。ましてや、第一王子本人が契約解除を迫れば尚更。なんとかして、ゲッダ王国との会談前に、ありとあらゆる手を使ってくるだろう。そして精霊とくっついて召喚されたあの男、上手く事態を動かせばあの子に味方になるやもしれない。お披露目さえ正式にできれば相当なことがない限り、契約解除を迫ることはないだろう。


 さて、また忙しくなる。今夜の茶会で有意義な意見が出るといいのだが。


 ペンを置き、先程まで書いていた本を本棚にしまった。その本棚には同じような古びた本がたくさん入っている。本棚と床を繋ぎ止める杭を抜くと、回転扉のように本棚は回った。見えるのは壁だけで、仕掛けを知らぬ者からしたらそこに本棚が隠れているとは思わないだろう。机はあえて残しておき、もしもの時は仲間たちが全て背負う。だが、そのような事態は避けたい。命もかえりみず、国のため、虐げられてきた人々のために尽くすことを誓った皆にはルキウス王の家臣になってもらいたい。まぁ、私も人のことなど言えぬが。私の存在など計画が成功すれば不要、この王家とともに滅びるべき。


 ふと、手に精霊が擦り寄り、主人を心配そうに見上げる。


 「望まぬ契約を強いて済まない。」


精霊はただ、主人の手に絡みつき少しでも信頼の気持ちを表すしかなかったが、それさえも心優しい精霊の慈悲だと捉えているような主人の微笑みに精霊は己の無力さを嘆くしかなかった。

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