第2話 不釣り合い

ルキウスは期待していなかった。そのはずだった。それでも心の奥底では願っていたと思う。この透けるような白銀の髪を、鏡のように映さなくてもいいものさえも映してしまう薄い青色の目を受け入れてくれることを。色が濃ければ濃いほどよいと言われるこの国では、色が薄すぎて光の当たり方によって色んな色になってしまう目は忌み嫌われている。何にも染まらない濃い色は美しさだけでなく、決して何にも揺らがず、染まらない強さの象徴でもある。だから、簡単に色が変わってしまう私は、すぐに揺らいで、悪に染まる可能性のある軟弱者として見られている。実際に私自身の体が弱いこともあって、いずれ災いを呼ぶ未来の大罪人とも認識されている。反対に兄は、燃えるように濃い赤色の髪に、目は油絵具をそもままべったりと惜しみなく塗りつけたような青だ。瞳の色が同じ色のせいか、本来なら私にも分け与えられるはずだった青を、母の中にいた頃に全て奪ったのではないかとさえ思う。親の愛情も輝かしい未来も美貌すら持っている兄が昔から羨ましくて、仕方がなかった。兄すら私を蔑み、自分をより美しく見せるために私を使う。似てない兄弟なんて普通にいるが、こんな風に違いがでてほしくなかった。いつも選ばれるのは兄だった。私はおこぼれどころか、もらうことさえ許されなかった。そんな私が今、目にしているのは絶世の美女といえる精霊。契約ができるどころか初代国王以来の完全な人型。しかも、意思疎通が可能である。上級精霊でも、虫のような生き物が召喚できるのが精々だ。そして、精霊の位が高くなればなるほど、より美しい容姿の人がパートナーとして選ばれるのが常識だ。だから、一瞬兄と間違えたのかと思ったが、彼女は確かに私を見て言ったのだ、私が彼女のマスターなのかと。この際手違いでも構わない。私を選んでくれるというのなら。そして彼女の傍にいた彼も、私を見ても嫌悪感を示さなかった。もしかしたら、友人に、なんて甘い妄想をしてしまう。しばらくはどうか夢を見させてほしい。そんなことを考えていると、


「なぜ、ルキウスに、あんな不細工に、おぞましい!醜い者にっ、上級精霊がっ」


「どうしてこんなことが起こるの!?」


「有り得ない! 手違いだ!」


「もしや、エバルス様と間違えてしまわれたのでは」


「エバルス様が最初に行っていれば、こうはならなかったはずだ!」


 国王の発した言葉を聞いてはっと我にかえった貴族たちが途端に騒ぎ始める。兄は騒ぎ立てこそしないが、その丸い目に怒りをにじませながら睨む。言いたいことは分かるが、せっかくの上級精霊の前であのような醜態をみせて恥ずかしくないのだろうか。


「お静かに!!父上、母上。おっしゃっていることはごもっとですが、今は儀を予定通り進めるのが先決かと!」


 腐っても時期国王としての教育を受けている兄だ。すぐに場をおさめてしまった。まぁ、私が諫めたところで、不細工風情がと罵られるどころか、余計場に、混乱と怒りをまねいていただろう。昔は、社交界に出る前はやさしかったのに。使用人から両親からの冷たい態度からも嘲りからも守ってくれたのに。社交界で他人からどう見られるかがお互いに一層わかってしまった。きっと兄は、不出来な弟などどうでもよくなってしまったのだろう。


「ここは、随分騒がしいな。主よ」


「あれ?呼び方変わってね?」


「お前がやっているソシャゲのキャラは、ほとんどこう言ってるではないか」


「いや、肝心の出だしで何ふざけてんの?!」


 精霊と男が話し合いながら、私の後ろに控えようする。


「申し訳ございません。精霊様。まさかあなたのような上級精霊が私のような者の声に応えてくれるとは、夢にも…、思わなかったのです。」


「そろそろ、俺も見てもらえませんか?えーっと」


「ルキウス=アルガディスでございます。貴方様は一見、普通の人間に見えるのですが…」


「俺はアントニオです。そしてこいつの親友の平凡人間です。」


 アントニオという彼は、随分と気さくな人だ。そうこうしている間に兄の番がきた。


「申し訳ございません。この話の続きは儀が終わった後に、改めてさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「分かった。」


「了解です!」


 兄はきっと、私よりも上級の精霊を召喚するだろう。


「尊き光よ。我に力を貸したまえ。美しき花を我のもとで咲かせよ」


 皆、兄の声に聞き惚れている。精霊の放つ光を浴びている姿のなんと神々しいことか。しかし、現れたのは黒い大蛇のような精霊。上級精霊ではあるが、完全な人型の精霊より位は下だ。


「そんな。」


「エバルスの精霊が、ルキウスより下位だなんて…。」


皆、戸惑いを隠しきれていない。母上の絶望した声が広間に響く。兄は悔しさのせいか、睨みつける目にはさきほどとは違い、怒りだけでなく恨みも感じる。


「ほう」


「え?コブラ?あれコブラ?ヤバいやつじゃね?」


 アントニオの明らかに何も分かっていない発言が、この居心地悪い空間を和ませてくれる。周りの者の鋭い視線が針となって刺さる感じがしていたが、今はそれがほぐれて取れていくようだ。


「アントニオ。そのままでいろ。お前は主の癒しに徹していろ。」


「ぜってぇーに今、馬鹿にしただろ。」


「ほめている。」


 彼女らが、今この場で味方になっていることが本当に嬉しい。


「こっ、これにて契約の儀を終わる!ただちに解散!」


大臣が儀の終わりを告げると、貴族たちは不満そうな顔で場を去っていく。父上と母上、そして兄も怒りを隠さずにそれぞれ去っていく。儀が終わればすぐ場を離れるのは常識だ。なぜか、理由は示されていないが昔からの破ってはいけない決まりごとの一つだ。


「行きましょうか。」


「はい。」


「ん。」


 私も、彼女らを連れて広間を後にした。話すことも、聞くことの色々あるのだから。


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