13話 私だけを見て
「構いません。もとより契約を取り付けたくて来ましたから」
「だとしても、だよ。しっかりと契約の内容を二人で決めて確認してから行わないとね。これが本来の交渉だろう」
僕からすれば両者が心地よく受け入れられる内容で交渉したい。交渉の内容自体が重たいものだからなぁ。容易く僕個人の意見で書き換える事はしたくない。もちろん、相手の良いようにされる交渉も駄目だ。
主導権は僕が持つがウィンウィンになれるような内容にはする。ランやリンとの関係に禍根は残したくないし。
「……優しいのですね」
「ランが関わってきた人達が普通じゃないだけだと思うよ。僕からしたらどちらも契約して良かったって思える内容にしたいからさ。ま、多少は僕が有利な内容にさせてもらうけど」
「普通は八対二程度で契約をする側が有利な内容にします。先程までの話をまとめたら……私の方が有利な内容ですよ」
いえ、ランが手に入る可能性があるのなら僕の方が有利です。むしろ、僕が有利な内容でランから好感を抱いてもらえるのなら、それこそ八対二くらいで僕が有利だね。
「内容は……僕がランとリンを鍛える事。その代わりに僕が渡した道具を金品に変換してもらい提出する。金品の割合は……七、三でいいかな」
「……え?」
「契約解消は僕が勝手に行える事にする。契約の条件として僕の内情の全てを僕以外に漏らさない事と付け加える。契約違反が起こった場合のみ、ランは僕の奴隷となり一切の自由を僕が決める事になる」
これなら契約としては悪くないだろう。
まぁ、奴隷という言葉の解釈に悩んでしまった部分はあるけども、自由を僕が決めるとなれば一種の奴隷と言えるはずだ。それに扱いを僕が決められるようになれば本当の奴隷としての扱いをしなくても済む。
ちなみに契約は出来そう?
【問題ありません。後は両者の合意次第です】
できるのなら大丈夫そうか。
技名は……契約と書いてコントラクトとかでいいかな。体に、というよりは心や魂に契約を繋げるようなイメージ。死んだら終わりでは無く全てが消滅するまで契約が続いている感じだ。
うーん、納得していなさそうだけど駄目か。
悪い内容だったかな……もしかして、奴隷の解釈が違ったのか。異世界では奴隷に対してもある程度の人権が保証されているとかがあってもおかしくない。なのに、僕は全ての自由を奪おうとしていたから……ミスったかな。
「あの……あれ? 私を奴隷にする代わりに強くしてくれるのでは無かったのですか? それに私達にも報酬があるなど……」
「あー……いや、約束を破らなかったら奴隷にはしないよ。っていうか、最初からそう言っていたでしょ。報酬に関しては手伝ってくれる礼で付け加えただけ」
「あ……あ、はは……勘違いしていました……」
そんな何も無いのに女の子を奴隷にするほど性格は終わっていません。もちろん、可愛らしい奴隷の女の子と聞くとエッチな想像が浮かんできますよ。えちちコンロが点火してしまうほどに紳士ではあるけどさ。
それでも相手に嫌われる事はしたくない。
なんだろうね……本気でハーレムを築きたいのなら無理やりな事をするべきなのかな。いやいや、それで相手に嫌われたら元も子も無いでしょ。寝込みを襲われる可能性だってあるしさ。
「契約、していいかな」
「嫌……なんて言えるわけないじゃないですか。こんなに私が有利な契約初めてですよ」
「相手がランだからだよ」
さてと……長湯し過ぎてしまうな。
さっさとランと契約をして寝る準備でもしよう。ランの後頭部に手を乗せて……そのまま小さく契約と呟く。淡く黒い光が一瞬だけ見えたかと思うとすぐに消え去った。……だけど、契約が成功した事だけは目に見えて分かる。
「……痣がつくんだ」
「そうですね……契約スキルでは無いからかもしれません」
「それならゴメンね。目立たない場所でよかったけど、これで分かりやすい場所に痣ができてしまっていたら」
僕とランの左肩に黒い痣があった。
模様は……蝙蝠に似ているかな。そこら辺は吸血鬼準拠なのかもしれない。……申し訳ない気持ちがある反面、どこか興奮してしまうな。可愛い女の子に僕の印を付けたような……少し下卑た感情が確かにある。
「私はアオイ様の事が白馬に乗った王子様に見えるくらい好意を持っています。その人から頂けた傷を嫌がるわけがありません」
「なら、もっと、傷物にしてやろうかな」
「ふふ、幾らでもどうぞ。ただし、私以外にはしないでくださいね。殺さないのであれば私が幾らでも受け止めますから」
どうして……そこまで言えるのだろう。
イケメンになったから……だったら、きっと僕の内面を褒めたりしないだろう。ランが僕に伝えてくる言葉は外面よりは内面の方が多い。そっちの方が僕から好感を得られるから……だとしたら、最初から僕の全てを理解し過ぎているよね。
「……あのさ、聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか」
「どうしてランは僕の奴隷になってもいいと思ったの。それに王子様王子様ってさ。僕にそこまでの好感を持てた理由がよく分からないんだ」
悩んでいる……聞くべきじゃなかったか。
でもさ、それで聞かなかったらズルズルと関係が続くだけな気がする。ましてや、そういう小さな事が僕の疑念と繋がってしまう可能性だってあるんだ。だから、聞いて後悔は無い。
数分間だけ沈黙が続いた。
不思議と息苦しさは無い。それこそ、お風呂に一緒に浸かっている状況だからなのかもしれない。悩んでいる姿を眺めているだけでも充分、楽しめるからね。でも、ようやく覚悟を決めたのかランが目を合わせてくれた。
「……魂の色が見えるんです。その時に見た色が他の男の人と違って美しかったからです」
「そっか……はは、それなら良かった」
「……笑って馬鹿にしたり、詳しく聞いたりはしないんですね」
うーん、驚かれるような事なのかな。
別に異世界ならそういう力があってもおかしくは無い。それにただ初めて見た時から好意を抱いていましたと言われるよりは納得もできるし。強いて返答を考えるとすれば……なんだろう。
「ランが嘘をつくわけないだろ。それにお互い話したくない事の一つや二つ、有ってもおかしくないからさ。だったら、無理に聞く意味も無い」
「本当に……綺麗な人ですね」
「ランを騙せるだけの美しさがあるって事は大したものだね。もっと磨いてランを騙し続けないといけないな」
そう返すしかないよなぁ。
それに僕の本性を知ったらランも同じ言葉を口に出来なくなると思っている。それくらい僕は救いようの無い人間だと思うし……何よりもアルコールに縋らないと生きられなかったアルコール中毒者だ。そんな社会不適合者をどうして好んでくれると言えるか。
だから、悪いけど騙し続けさせてもらう。
それでも……ランからの信頼は否定したくないから……。
「ラン、見ていてくれ」
「……え!?」
ランの両頬に手を当てて目を合わせる。
後は……きっとビビが何とかしてくれるはずだ。脳内でのイメージはもう完了している。後はランの瞳が、表情が変化していくのを待つだけ。
明らかに目がとろーんとしたな。
「これが僕の隠したかった力だよ。これは普通じゃないだろ」
「……魔眼ですか?」
「そう、鑑定と麻痺、魅了の力もあったかな。これに加えて空間魔法も使えたりする」
本当の隠したい事は隠し続ける。
だけど……人前で見せたくない話なら全てランに教えるつもりだ。もう契約も済んだ……だったら、隠し通す理由も無い。僕は吸血鬼だ、加えて人間でもある。ラン達には……人としての僕を見せ続けるだけだ。
「なるほど……確かに隠したいですよね」
「うん、だけど、ランになら見せてもいいかなって思ったんだ。どうせなら、魅了の力でランが僕から離れないようにしようって思って」
「……離れませんよ。離れられません」
……すごい柔らかい感触があった。
それと同時に首元に息が吹きかかってくる。すぐに抱き着いてきた事が分かった。このままだと僕の理性が消えてしまいそうだから突き飛ばして距離を取りたいけど……そうする事もできない。だから、軽く頭を撫でてランを受け入れる。
「その目の時だけでいいから……私だけを見ていてください。ワガママだとは思うんですけど魅了の力は私以外に使ってほしく無いんです」
「いいよ、別に。その代わり麻痺と鑑定の力を使えば良いだけだからね」
「……もう! これ以上、王子様を好きにさせるような事は言わないでくださいよ!」
少し顔を動かせば届く距離。
その中で……一瞬だけランの顔が近付いて、そして一気に距離が遠のいた。口元に柔らかな感触だけが残って罰が悪そうに、何も言わずにランはお風呂から出ていってしまう。
そうか……キスしちゃったんだ。
あ……えーと……悪くないね。この感触は消し去りたくないから……軽く体を拭いたら出て行こうか。ランと顔を合わせないようにして……。
今日は寝れそうにないかもしれない。
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