12話 真意測れぬ交渉

「本当に王子様って頭が良いのですね。さすがにバレないと思っていたのだけれど……」

「ランが馬鹿な事をしないって自信があったから分かっただけだよ。王子様って褒めてくれるけど冷静に色々な事を考えられているからね。恨むなら滲み出す自分の賢さを恨んでくれ」

「褒めても何も出ませんよ」


 それはお互い様だろうに……。

 にしても、恥ずかしいからって湯に顔を沈めるとか……そういう行動がとても愛らしく思える。隠れていないランの耳は真っ赤になっているから本当に恥ずかしいんだろうなぁ。


「それに……別に王子様の事が好きだから褒めているだけですよ。そこに裏なんてありませんわ」

「悪いね、勘違いさせてしまった。僕はその部分も含めてランに好感を抱いているだけだよ。馬鹿を相手にしても面倒なだけだし」

「あ……そうだったのですね。……素直に嬉しいです」


 喜んで貰えたのなら別にいいか。

 ただ……もう少し言葉は選ばないとね。言ってからハッとしてしまったけど馬鹿なんて言葉は使うべきじゃなかった。こういう悪い事ばっかり言っていたらきっとランにも嫌われてしまうだろうし……少しは自分の事を見返さないと。それに僕だって馬鹿な事には変わりないんだから。


 恥ずかしさから、もしくは僕の質問の返答に困っているからか……ランから返事は来ない。ただ時折、何かを言おうとはしているから少しだけ待てばランから話題を出してくれるだろうね。


 今はそこに甘えさせてもらおう。


「話があって来たんです」

「うん、知っているよ。ゆっくり話して」

「あ……はい……」


 ランが言葉に詰まっていたから頭を撫でてみた。これがイケメンの特権だね。勝手に頭を撫でたところで女の子は嫌がらない。これがブサメンだったらどうなるかって……私潔癖症だからとか適当な理由を付けて社会的に殺されるだけだね。


「王子様、私と契約しませんか」

「……その話をしたかったの?」

「はい、その話をする機会を伺っていました」


 うーん……自分で言うのも何だけど、そんなに早急に決める必要は無いと思うけどなぁ。だって、僕は別に急いでいないって話はしている。それに機会を伺うって事は早い段階で契約をしてもいいって考えていた事になるからね。


 じゃあ、安易に決めているのか……それはランとの関わりからしてノーだ。少しお馬鹿なところはあるけどラン自体は年齢の割には頭が良いし、勘も鋭い。そこら辺を踏まえると僕の提示した何かがランに刺さったとかかな。


 だとしたら……ああ、そっか。


「もしかして、リンの事かな」

「え……あの……何で分かるのですか……?」

「うんとね……ランに比べてリンがあまり強くないように感じたから、とかだと理由になるかな。魔法が使えるのは利点だけど話からして制御はできていないみたいだし……ランのように解体の技術があるわけでも無い」


 おー、意外と上手くいっているね。

 カマをかける行為って本来なら何かしらの確証があってするはずだ。だけど、当たる確率って別に高いわけではない。今回の場合は状況証拠から考えて勝手に聞いているだけだからさ。本来なら当たるはずも無いんだよ。


 それが上手く当たっている……これも転生したおかげなのか。もしくは転生によって脳味噌も空っぽじゃなくなったからか。これでダチョウだ何だって馬鹿にされずに済むね。……って、誰がダチョウだ!


「……私達に親はいません。だから、ずっと私がリンを養っていたんです。養うためにはお金が必要不可欠で……強くなって稼いできました。才能はありませんでしたけど仕事くらいは見つけられたので」

「その結果の便利屋さんね」

「はい……ただ王子様には勝てませんでしたけどね。まぁ、勝てなくてもいいんですよ。別に王子様と張り合いたいわけじゃありませんから」


 才能が無い……という割には解体の技術とかが人並み以上だったけどなぁ。それに仕事をこなせるだけの強さがあるって事でしょ。本当に才能の無い人なら仕事をこなせる前に死んだりしていると思う。


 ただ……ランの話をまとめると……。

 うん、なるほどな。何となくだけど分かったわ。


「自分が養っていたから最近までリンは戦闘をした事が無かった。だけど、リンには魔法を使えるという才能があった。だからこそ、強くしてあげたい気持ちはある。でも、強くするために傷付くような事は避けたい。……とかかな」

「……本当にすごいですね。その通りです。もしかして私の心を読んでいるのですか?」

「状況証拠をまとめたら一つの物語を立てられただけだよ。そこまで大した事はしていない」


 想像力は豊かな方だからね。

 だからこそ、こういう想像力を活かした何かをしたかったけど……無常かな、世界はそこまで甘くはありません。インターネットに小説を投稿してもずっと伸びず、好きな子から好意を得るために使っても奪われるだけ……本当に使い道というものは無かったんだよなぁ。


「話したかった事は……身勝手ながら私とだけ契約して欲しいというお願いです。私達を強くしなければいけない中で得られるのが私だけなのは嫌かもしれません。ですが、最悪な事を考えた時にリンが」

「別にいいよ」

「そうですよね……そんな話が通るわけがありませんよね……って、え?」


 別にいいですけど……え?

 もとより二人を自分の物にしたいから契約をしたいって言ったわけではないからさ。単純に協力者が欲しいってだけで仲間として認められる確証を得たいから契約するだけ。……それにランを自分の物にできるだけで充分過ぎないか?


「それでいいよ。ただし、それなりに重い罰則を付ける事になると思うけど」

「重い罰則……そうですよね。確かに私一人にするには死ぬよりも酷い何かしらの罰則が無ければ契約する理由もありません」

「うん、破ったら僕の奴隷になってもらう。ずっと僕の近くにいないといけないから大変になると思うよ」

「……へ?」


 奴隷って、かなり重い罰だよな。

 だってさ、身体的にも精神的にも僕に奉仕をしなければいけなくなるって事だ。それこそ、今までは人権の守護の範囲内にいたとしても奴隷になれば範囲外になってしまう可能性もある。確かに奴隷と聞いたら狼狽してしまうよね。


「戦闘面では活躍できないかもしれないけど時間の問題だろうし、解体とかは何も言わずに任せていられるからなぁ。そう考えると街に行くのもアリかもしれない」

「えっと……?」

「他に何を頼もうかな。ご飯を作ってもらうとかも悪くないね。夜叉丸はそういうのだけは覚えられないみたいだけど、解体のような細かな作業ができるランなら覚えられそうだし。まぁ、どちらにせよ、酷い扱いをするつもりは無いよ」


 それに契約を破らなかったら奴隷にもならない。個人的には契約を些細なミスで違えてしまう可能性だってある。うっかり口を滑らせて、とかね。その不安感を拭ってあげるためには悪い事ばかりを口にする訳にはいかない。けど……?


「……振り向いてどうしたの?」

「考えに相違が見られたからです。奴隷になるだけでいいのなら、して頂いて大丈夫です。それが交渉の材料として私が出せる最大限のものですから。ただ、礼として体を差し出す分には……価値が見合わないと思いますが」

「……そんなものなのか?」


 分からない……単純な文化の違いなのかな。

 いや、それにしてもランが体を売ってもいいと言える根拠が無い気がする。普通であれば体を売る行為って最後の手段のはずだ。金が無いからと言っても僕と組めば儲ける事だってできる。


 僕の奴隷になりたい……は少し気持ちが悪過ぎる考えか。ビビに聞くのは……いや、ビビが個人に関わる知識があるとは思えない。ましてや、相手のプライベートな部分を勝手に聞くのだって気が引ける。


 つまり、僕が答えを出す必要がある、かな。

 奴隷として……いや、仲間としてランは欲しい。ただ仲間だけであればずっと一緒にいられる確証が無いんだ。だって、僕は吸血鬼で人とは相容れないはずの存在。それに気が付かれたら敵対する可能性だってある。


 なら、手放すか……?

 いや、それも同じくらいに考えたくない。人族の協力者を手に入れられる又と無いチャンスだ。ランほどに信用できる人間がそうそう居るとは思えない。……だったら、素直に契約をしよう。


「ラン、僕と契約をしてくれないか」


 緊張しながらランに話しかけた。

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