10話 懐柔の基礎は胃袋から
「お風呂ありがとうございました」
「いや、楽しんで貰えたのなら何よりだよ」
二十分弱で三人は上がってきた。
やはりと言うべきか、風呂上がりの女の子ってすごくいいですね。夜叉丸は若干、見慣れ始めてきたから特に何も思わないけどさ。ランとリンに関してはただの美少女だ。何も思うなという方が無理な話だろ。
それにしても……廃村の服とかを全部、回収しておいて正解だったな。最初は売ればいいとしか考えていなかったけど、取っておいたおかげで美少女に可愛らしい服を着せる事に成功した。冒険者としての二人の服は皮の鎧みたいなのを着ていたし。
本音を言えばフリルの着いたピンクのワンピースとかを着せたいよ。片方がツインテールで、もう片方がポニーテールとかだったら最高じゃないですか。……まぁ、そんな事できる技量などは無いんですけど。
【スキル裁縫があればお望みの品を作り出せますが急ぎ獲得しますか】
いや、さすがに今はいいかな。
今は戦闘面で苦労しないようにしておきたいから補助系スキルは後回しにするよ。魔法スキルのレベル上げの方が間違いなく大切だと思うし。スキルレベルが高くなれば上がりづらくなるだろうけど高い方がいい事には変わりない。
【スキルレベルが上がる事によってスキルでかかる補正や威力が向上し、加えて魔法などであれば展開における魔力の消費が減少します】
うん、まぁ、想像通りの効果だね。
どちらにせよ、上げた方がいいか。裁縫なんて言い方が悪いかもしれないけど使い道が大してないからなぁ。魔法の方が明らかに使い勝手がいいから手に入れるメリットがあまり無い。となると、やっぱり後回しでいいか。
「それにしても……本当にお早いですね」
「ん? 何が?」
「全てにおいてです。美味しそうな食事も作られていますし、調理するための場所も整えられていました。私がお風呂に入る前はここに何もありませんでしたよね」
全てジェバン……ビビがやってくれました。
割と真面目な話……僕がやっている事なんてレシピに合わせて体を動かしているに過ぎない。そんなプロの料理人みたく全てを考えて計画を練った上で動いているわけではないんだ。だからこそ、リンの言葉が少しだけ胸に来る。
「これくらいなら簡単にできるよ」
「さすがですね!」
あー……ヤバいよ……ちょっとだけ嫌な思い出が蘇ってくるよ。高校の時のテストで運良く高い点数が取れてしまって……勉強を教える羽目になった最悪な時間。別に教えるのは下手では無かったけどテストで普通に負けたんだよな。
あの時の女子の目……その程度だったんだねって言外に伝えてくる視線を思い出してしまう。最初からスキルのおかげって伝えておくか。……いやいや、ビビの存在は表に出すにはリスクがデカ過ぎるだろ。ここは自分の精神を削りながら耐えるしかないか。
あー病む病む……お酒飲みたい……。
「そんな事は後にして夕食にしようよ。二人も食べるでしょ」
「え……いいんですか?」
「うん、二人も食べると思って多めに作ったからね。それとも嫌だったかな」
うわー、首が取れそうなくらい激しく首を横に振り始めたよ。しかも、ランとリン揃ってだから本当に食べたかったみたいだ。味付けって塩くらいだから大した事が無いと思うんだけど……。
【二人は恐らくマセビア王国の冒険者です。マセビアは内陸国なので調味料すらも貴重品として捉えるのでは無いでしょうか】
うーん……内陸国か、塩を使い過ぎたかな。
交渉したら簡単に手に入ると思って使ったが、そこまでの貴重品だったと分かっていたら量も減らしていた。悪は近くに川があったからそこで塩を作るか。確か川の水にも塩分自体は溶け込んでいたはずだ。時間はかかるだろうけど塩が無いのは辛いよなぁ。
僕は血を飲めば生きていけるだろうけど夜叉丸はそうもいかない。それに僕が飲む血だって夜叉丸の栄養状態によって味が変わる可能性もある。ご飯の味だって別に分かるから……やはり、三大欲求のうちの食欲を満足に満たせないのは絶対に嫌だ。
楽をするためには多少の努力は必要か。
あー……何時間、煮込まないといけないんだろ。ちょっとだけ面倒くさくなってきたけど気にしたら負けか。……というか、海岸沿いの国へ足を運べばいいだけだな。一度、買ってしまえば一気に持ち運びもできるし……早めの拠点の変更も視野に入れないといけなさそうだ。
そこら辺はビビに考えておいてもらおう。
地図を作りがてら色々な場所を正確に理解できるだろうし、ビビには異世界の知識もある。それを踏まえれば……多少の不安もあるけど大きな問題は無いか。逆に色々な場所に行けるって考えたら楽しそうだね。
海岸沿い、ビーチ……水着の美しいお姉さんとのひと夏の思い出。ああ、可愛くてセクシーな女の子を眺めながら生ビールを飲みたい。できればア〇ヒスーパードライがいいですねぇ。あの一瞬の苦味と共に来る味わい……思い出すだけでも喉が渇いてくる。
「じゃあ、そっちに座っていて。分けて渡すからさ」
「わ、私がやりますよ!」
「いや、二人はお客様だからね。そういう事は家の主の僕がやるから大丈夫」
「……普通は家の主がそのような事をするとは思えないのですが」
うーん……それってどういう意味だろう。
アレかな、日本に昔あった男尊女卑的な考えなのかな。盛り付けや配膳、料理なんて女子供のする仕事だみたいな。だとしたら、時代錯誤も甚だしい話だとは思うけど……考えまでは先進国まで至っていないとかは有り得るか。
「その分、皆の可愛い笑顔を見せてくれたらそれでいいよ。別に何かを求めて食事を作ったわけではないし」
強いて言うのなら契約して欲しいくらい。
ただ、それも二人を信用できるのなら契約抜きで取引してもいいと思っている。本当に自分の情報をバラされるという恐怖が無ければ二人は欲しい逸材なんだよなぁ。素直で優しいってだけでかなりの高評価ですよ。
「って事で、はい」
「えっと……茹でたアントとスープ。それに焼いた肉でしょうか」
「正解。スープには山で取れる山菜と川で取ったタニシが入っている。一応、泥抜きしたから不味いって事は無いと思うよ。焼いた肉も香草に包んでいたから臭みは無いと思う。最後に」
オーク肉にスプーンでタレをかけておく。
多過ぎたら酸味が強過ぎて食べれたものじゃなくなるし、無かったらオーク肉の脂の多さで食欲が減退してしまう。だから、配分だけは間違えないようにっと。
「完成、好きに食べていていいよ」
「うわぁ……すごく美味しそう……」
「少し薄味だと思うけど美味しいとは思うよ。それじゃあ、次はランの分だね」
同じように皿に持ってランの前に出す。
タレをかけて……その後に夜叉丸の分を出して最後に僕の分だ。割と美味しそうにできていて自分でも驚いている。一先ず、夜叉丸の隣に座って手を合わせておいた。
「どうかしたのですか」
「うん……ああ、これは挨拶みたいなものだよ。命を奪って食事を作っているからね。貴方の命を大切に頂いて生きていきますって感謝の意味を込めて手を合わせたんだ」
「なるほど! すごくいいですね!」
僕を待っていたのか、誰も食事に手を付けていなかった。僕の手を合わせる行為に合わせて全員が手を合わせていく。なんというか、文化は変われど人の気持ちは変わらないんだね。良いと思った事は国が変わっても皆、良いと感じるのかもしれない。
命に関わる話だからかもしれないけど。
「じゃあ、頂こうか」
「はい!」
「王子様の手料理……」
「主の料理は美味しいからな」
そう言っているけど……食べてくれないか。
アレだろうね、ランとリンは僕が食べるのを見てから口にするつもりなんだろう。何かを言っても二人の考えが変わるとは思えないし……まぁ、お先にいただきますか。
オーク肉をフォークで刺して、食べたい分だけナイフで切り取る。一気に脂が中から染み出してきて皿一面に広がった。えー、一言で言って最高ですね。本当にビールや日本酒、焼酎が欲しくなってきます。
味は……まぁ、言わずもがな、か。
やっぱり、酸味のあるタレをかけて正解だった。香草の香り高さ、例えるならバジルとかかな。その香りのおかげで肉の臭みは消えているし、脂が口に残るのも酸味のおかげで何とかなっている。それでも口に脂が残ってしまうから……そこだけは肉が悪かったとしか言えないけど。
「……ん、美味しいよ」
「はぁ……可愛い……」
「おうじさまぁ……」
「あるじ……」
は……? なんで皆、惚けているんだ?
なんか変な顔でもしていたかな。だとしたら、イケメンに転生した事を感謝しないと。前の顔で変な顔をしていたら本当にビンタを食らっていた自信がある。……いな、美しい女性からのビンタとか御褒美ですが!
「皆も食べて。美味しさを共有したいよ」
「はい!」
うん、三人とも美味しそうに食べているな。
ランとリンは手の込んだ料理を口にしていなかったからか、頬に手を当てて喜んでいるし、夜叉丸はいつもよりもしっかりとした料理を瞳を閉じながら味わっている。
スープを一口、舌の上に乗せて少ししてから飲み込んでみる。うん、こっちはオーク肉と比べて間違いなく美味しいな。やっぱり、脂が乗り過ぎているっていうのは悪だよ。ご飯とかがあるなら別だけど無いと喉元に凝りのように残るから食事を楽しめなくなってしまう。
アントは……まぁ、素材本来の味だね。
いつも通り蟹の身のような味で生臭さの代わりに土臭さが少しある感じ。美味しいからこれも別に問題は無いかな。少しだけ不満はあるけど皆が美味しそうに食べてくれるのならそれでいいや。
暫し、四人で談笑をしながら食事を楽しんだ。
______________________
ごめんなさい、筆が乗り過ぎて文字数多くなり過ぎてしまいました。m(_ _)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます