9話 楽しませるための準備

「もしかして……お風呂ですか……?」

「頑張ってくれたお礼だよ。嫌だったかな」

「そんなわけありません! ただお風呂に入った事が無かったので……」


 この世界のお風呂って贅沢品なんだ。

 まぁ、普通のお湯であっても準備に手間がかかりそうだし、浴槽を手に入れるのも難しそうだからなぁ。換気しやすい場所に置かなきゃいけないとか、浴槽の大きさも加味すると……うん、確かに贅沢品だね。


「別に大したものじゃないから安心して。タオルとかもあるから安心して入ってくれると嬉しいかな」

「大したものじゃない……?」


 わー、変な人を見る目をされた。

 いや、だってさ、お風呂大好きなんだよ。お風呂って入れたらすごく気持ちがいいでしょ。それにボーっとしている時間が『ああ、自分って幸せなんだな』って思えるから好きなんだ。その分だけ幸せを味わえる時間が少ないのも問題だと思うけどね。


「まぁ、嫌じゃなかったら三人で入っていてよ。僕は夕食だったり、魔物討伐にでも行っているからさ」

「一緒にハイらないのか」

「いや、女の子と一緒に入れるほどの度胸は無いから」


 悪くない話だけど絶対に無理だね。

 ただでさえ、覗きすらもできないくらい度胸が無いのにさ。目の前に三人の裸があるとか……想像するだけで鼻の奥が熱くなってくる。夜叉丸となら別にいいけど、それでももう少し女性への耐性を手に入れてからかな。


「まあまあ、王子様の御厚意に甘えましょう。お風呂に入れる機会なんて滅多に無いからね」

「お姉ちゃんは……もう少し遠慮を覚えた方がいいと思います」

「遠慮して王子様の時間を奪う方が可哀想だと思うけど。それにお風呂に入れてもらう代わりに他の事で返せばいいでしょ」


 うーん、本当にランは鋭いな。

 僕の表情を常に見ているのかってくらい、僕が考えていた事を当てている。僕からしたら幼い二人に遠慮して欲しいとは思わないからなぁ。


 それに信用するために着いてきているのなら厚意には甘えて欲しいからね。全部をいちいち審査させるのは両者共に負担にしかならないと思うし。


「って事で、お風呂から上がったら教えてね。村の中央あたりで夕食を作っているからさ」

「いや、あの」


 リンが何か言いたげにしていたけど無視だ。

 二人から信用を得たいと思っているからこそ、ここは振り向かずに料理を作りに行く。仮に男女としての仲を深める事にならないとしても、二人のように素直で頭の良い子達と関係を持てないのはよろしくない。


 相手が荒くれ者だった場合、交渉の相手にすら出来ないからね。もしも二人が僕を騙そうとしていたなら会話の中で懸念点を口にはしなかったはずだ。特にランのように察する力と考える力が高い子だったら尚更だろう。


 だから、二人と仲を深めたい。

 少しの関係で交渉相手にピッタリな存在だと確信できたからね。というか、解体を手伝ってくれたりで本当に良い子達なんだと思う。……そんな子達の裸を覗こうとしていたなんて恥を知らないといけないな。


 まぁ、その分は夕食で挽回しますよ。

 ビビ、今から作れる美味しいご飯を教えて!


【香草巻きオーク肉、川タニシのスープ、茹でアントでしょうか。既に香草を使用してオーク肉から臭みはとってあります】


 了解……その中だとスープが一番、時間がかかりそうだね。オーク肉は弱火でゆっくり焼いていけばいいだろうから……うん、三つとも並行して作れそうだ。


【それでは必要な物を出していきます】


 ありがとう、後は四人で夕食を味わうためのテーブルだったり椅子があるといいかな。


【了解しました】


 本当にビビは仕事が早いなぁ。

 という事で、石を詰んで簡単な炉を三つ作ってっと。そこに網を乗せれば殆どの仕事が終わりだ。大きな鍋二つに水を注いで網の上に置いておく。寸胴鍋みたいな方がアントを茹でる用で、一般的な形の鍋がスープ用だ。


【既に川タニシから砂や泥を抜いてあります。臭みが少しありますが香草と野菜、酒を少しだけ入れれば気にならなくなるでしょう】


 すごいな、クッ〇パットみたいだ。

 大学生活の中で自炊していたから多少は料理ができるけどさ。さすがに異世界にある食材達の知識があるわけではないから教えて貰えるのはすごく助かるんだよね。最終的にはビビが作ってくれるようになるから……うーん、本当にビビは最高だ。


 とりあえず炉に火を落としておいて……鍋を置いていない網の上に香草に包まれたステーキ肉を置いておく。網が大きいから一回で二枚まで焼けそうだね。


 次に普通の鍋にタニシを入れてから村に捨てられていた酒を入れておく。酒に関してはビビによって品質を見定めてあるから問題が無い。砂浜に流れ着いた瓶の飲み物を使うのとは訳が違う。


 その間にアントの手足を寸胴鍋に入れておく。

 そこに少しだけ塩を入れておけば後は放置でいいだろう。タニシ鍋が沸騰するまでに入れておきたい野菜でも切っておくか。……おし、これだけ切れば大丈夫だろ。後はアントの身も少しだけ取っておいてっと。


 タニシ鍋が沸騰したのを見計らって野菜を入れて蓋をする。後は煮込んで野菜から出汁を取っていくだけだ。味見をする時に塩を混ぜればいいからタニシ鍋も放置でいいかな。


 この間に香草巻きオーク肉にかけるタレでも作っておこう。オーク肉って美味しいけど脂身が多いからね。脂の後味が残って良い気持ちはしないんだよ。だから、アントの酸を使う。


 アントの酸をできるだけ水で薄めて……スプーン十杯分もあればいいか。ここに塩を混ぜておけば完成だ。皿に盛った時にかければ美味しく食べて貰えると思う。


 一応、名前だけ聞いて適当にやってみたけど他にしておいた方がいい事ってあるかな。


【特にありません。味付けに関しても主の作ったもので大丈夫でしょう】


 それなら肉を焼く事に集中すればいいか。

 その間が暇だけど……ああ、第三ノ眼を使ってみるのもありかもね。操作はビビに任せて周囲の状況を技を通して見る、これができるだけで今いる場所の情報を多く得られそうだ。


 うん、我ながらグッドアイデアだね!

 フォークとナイフで肉を引っくり返してから第三ノ眼のイメージをする。イメージ自体は……前と同じでいいか。数はランとリンが来た方向と反対方向の二つでいいかな。


 それじゃあ、ビビ頼むよ。


【第三ノ眼の展開に成功しました。主の視界の端に二つの目から得られる視覚情報を設置します。質問なのですが第三ノ眼の移動方法は速度や距離の問題からコチラの方で行いたいのですがよろしいでしょうか】


 第三ノ眼に関しては全てビビに任せるよ。

 色々な情報を得たいだけだし、そっちの方に意識を向けていたら調理が疎かになりそうだからさ。ただ第三ノ眼が他の誰かに見つからないようにだけはして欲しい。人間や魔物に見付かるのもあまり良くは無いかな。


 ……できそう?


【問題ありません。他に御要望などはありますか】


 要望……は無いかな。ただビビができるのであれば僕が寝ている時にも第三ノ眼で周囲の探索を進めておいて欲しい。できれば脳内で見れるだけでいいから地図とかも作ってくれると嬉しいな。


【了解しました。魔法のスキルレベル上げと並行で行いたいと思います】


 本当に……ビビは便利過ぎるな。

 楽したい身からするとありがたい話だけど、申し訳ないと感じてしまうくらいには優秀だよ。何で僕のもとにビビがいるのかは分からないけど今はありがたく甘えているか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る