4話 可愛い女には目が無くて

「右から来るぞ!」

「リョウカイした!」


 僕の声を聞いてすぐ夜叉丸が動く。

 その動きは出会った当初のオーク達とは別格で明らかに速く、そして一撃も重い。少しだけとはいえ、錆びている斧でウルフの首を落としたんだ。それだけ変異種というものは通常種よりも強いらしい。


「やはりアルジさまだナ」

「はは、これくらいしか取り柄が無いからさ」

「コレくらいヨリもよワイ私に言うノカ」


 そう言うけど今の夜叉丸を見たら僕なんてまだまだに思えるんだよね。こっちは転生した時から最上位の存在だったから強いのは当たり前なんだけどさ。夜叉丸は出会って一週間でオークの進化種であるオークナイトすらも倒せるようになってしまった。


 それに人の言葉を覚えるのも早いからなぁ。

 時々、カタコトになってしまう部分はあるけど前よりは格段に聞きやすくなった。強くて可愛くて、それでいて頭も良いとなると本当に僕はまだまだだ。


 一応、努力はしているんだけどね。

 ビビの助けもあって闇魔法も軽くなら使えるようになったし、空間魔法も物をしまえる空間を作れるようになった。この空間はビビの作ってくれた道具だけをしまう場所とは違って、戦闘の時に使おうと作ったものだ。例えば敵から武器等を投擲された時に回収して投げ返すとか、そういう時に使えるかなって。


「さてと、次の獲物に行きますか」

「頑張って闘ってホメてモラう」

「交尾以外なら喜んでするよ」


 予想通り、夜叉丸が口を尖らせてきた。

 一緒に過ごしてから分かったけど夜叉丸もオークと同じく性欲が強いらしい。別に夜叉丸とそういう関係になるのは良いんだけど今はやめてもらっている。単純に食って寝ての繰り返しの生活が好きじゃないんだよねぇ。そんな女遊びの激しい大学生みたいな生活したくないし。


 それともう一つ出来ない理由もある。


「言っただろ。夜叉丸が普通の女の子のようになったらするってさ」

「ガマンしたくない」

「それでも、だ」


 今の成長振りから察するに我慢をさせ続ければ夜叉丸はより強くなる。早く約束の時が来るように努力を続けているから要因を消すのが好ましくないんだよなぁ。いや、こちらとしてもそういう欲は強くあるんだよ。ただ……さすがに自重している。


「このまま続けていれば一月経たずに女の子になれるよ。別に進化するまでお預けってわけではないんだ」

「アルジはしたくないノカ」

「したいけど今じゃないってだけ」


 いえ、血涙流しながら我慢してます。

 今の夜叉丸は間違いなく僕のハーレムメンバーの一人として適しているからな。適しているって何様だよって話ではあるけど、他の人に渡す気は少しも無いってくらいには愛しく思っている。


「確かにヨナヨナ、アルジはキエているから」

「わァァ! そこから先は続けんな! 馬鹿ッ!」


 人の性事情を本人の前で話すな!

 これは後で怒っておかないとな。魔物なだけあって夜叉丸には人としての常識が無い。こういうところなんだよ、こういうところがあるから普通の女の子になるまでって制約を付けたんだ。


 夜叉丸には普通の女の子、もっと言えば常識を備えた女の子になってもらう必要があるんだ。将来的に僕は人として生きるつもりだから常識が無いと色々と問題があるんだよね。簡単なところで言えば人を殺してはいけないとかさ。そこの認識は魔物と人とでは大きく違う。


「はぁ……」

「どうした」

「何でもないよ。さっさと行こう」


 本当に……一緒にいて楽しいけど疲れるな。

 夜叉丸の前を歩いて無理やり話を止めておく。このまま話を続けていたら絶対に疲れ切ってしまう自信がある。……後、夜叉丸が寝たのを確認してからしないといけないな。バレていたとは思わなかったよ。


 吸血鬼の特性からか、周囲の感知能力は高いからね。なんだろう、言葉で表すのは難しいんだけど視覚で手に入る情報と、脳内だけが理解する情報があるんだよ。仮定として超音波で周囲の状況が分かっているんじゃないかって考えている。


 なんとなく自分達とは違う何かがいる、みたいなのが分かるんだ。とはいえ、三百メートル程度しか分からないけどね。それに洞窟の中だったり、山があったりとかすると距離が可変したりする。


 その感覚からして……二百メートルくらい先で走っている何かがいるんだ。少し前くらいから探知は出来ていたから……二、三分は走り回っているんじゃないかな。


【その認識で間違いはございません。凡そ五分間程度、アント種から逃げているようです】


 なるほど、だとしたら助けないとね。

 別に攻撃を受けている存在が誰かとかは関係が無い。魔物だったとしても夜叉丸のように可愛らしい存在の可能性もある。オスだったら……まぁ、家来とかにするのはアリだからね。


「もう少しで敵と合流する。構えて」


 夜叉丸は斧を、僕は魔力を集める。

 二体が近くまで来ていて……その後ろから十数体の魔物が寄ってきている。なるほど、確かに蟻の魔物と雰囲気は似ているね。自分でも判別できるように覚えておかないと。アントは……数が多いだけで強さは大した事が無さそうだ。その蟻の魔物よりも弱い二体の何か。


 うーん、これが人間なのかな。

 今まであった事の無い感じで尚且つ、蟻の魔物よりも弱そうな存在と言えばそれくらいしか予想がつかない。もちろん、人の中には僕より強い存在なんて多くいるだろうけど。






「イィヤァァァ! アンタのせいだからね! アンタがアントの巣に魔法を放つから!」

「お姉ちゃんがやれって言ったんでしょ! 私のせいにしないでもらっていいですか!?」

「うっさい! 姉の不始末は妹のせい! 妹の不始末も妹のせいよ!」

「自分勝手過ぎるでしょ! だから、恋人ができないのよ!」

「それはアンタも一緒でしょ!」


 おー、なんか大声が聞こえてきた。

 というか、走り回っていた癖に元気なんだな。これなら助けなくてもいいかもしれない。……いや、このままうるさくされても困るか。ちょうど僕達の方に走ってきているんだ。助けてあげよう。


 ハーレム候補かもしれないからね!

 ビビ手助け頼むよ!


【了解です】


 行くぜ!


闇之マジ殴りヤミヲマトッタマジナグリ

「シねッ!」

『へっ?』


 うん、やっぱりコイツは弱いね。

 オークよりは強いけどもっと強い魔物は多くいるし。ただ一つだけ良い事がある。コイツらって意外と美味しいんだよな。だから、一匹も逃さずに殺し切る!


「二人とも下がっていろ。死にたくないだろ」

「あ、ありがとうございます!」


 おっと、二人とも可愛いな。

 やはり、助けに行って正解だった。隠蔽で犬歯は見えないはずだ。二人からしたら今の僕はカッコイイ金髪の男の人にしか見えないだろうし……これは押したらいけますね。さっさと殲滅して話しかけないと。


 そのためにはコイツらは邪魔だな。


闇之槍ダーク・ランス

「あんなに多くの槍を……すっご……」


 お褒め頂きありがとう。

 いやー、可愛い子に褒められるなんて努力したかいがありましたわ。日本だったら金を持っていたりイケメンだったりすればモテていたけど、この世界だと強かったらモテるのかもしれない。強いところをいっぱい見せてあげないと!


「消えろ」

「キシィィィィィ!」

「ただの蟻に殺されるわけないだろ」


 闇之槍から逃れた蟻が数体いたか。

 まぁ、一週間にしては上々なんじゃないか。仮に近付かれたとしても夜叉丸に倒されるだろうし、僕は僕で近接ができないわけではない。怖いし汚れるしで好んではいないけどね。


 蟻の頭を蹴り上げて剣で首を落とす。

 ここで注意しなければいけないのは蟻の血液に若干の酸が含まれている事。後、首ら辺が柔らかいから狙ったけど唾液腺があるから……そこにも酸があるんだよなぁ。かかったとしても服が溶ける程度だから問題は無いけど。


「次は殲滅する。闇之槍」

「連続で……本当にすごっ……」


 あー、最高過ぎるね!

 ファンサで手を振ってあげたら頬を赤くしていたから嬉しいのかもしれない。いや、こういう時にイケメンに転生してよかったって思うよ。あれだけの美少女は日本だったら間違いなく高校の時に夜遊びにハマっていただろうし。


「ふぅ、殲滅完了と」

「アルジ、カッコよかった」

「ありがと」


 頭を突き出してきたから撫でておいた。

 夜叉丸は本当に可愛いなぁ。誰がどう見てもオークだとは思わないよ。抱き締めてあげたい気持ちはあるけど……今は第一異世界人と対話を試みないといけない。そして、あわよくば……ぬっふっふ。


「やぁ、大丈夫だったかい」

「あ、ありがとうございます! おかげで助かりました!」

「白馬に乗った王子様……ですか」

「いや、申し訳ないけど白馬はいないかな。王子ってわけでもないし」


 先程の声からして惚けているのが姉で、頭を下げているのが妹かな。……おーっと、夜叉丸から強い殺気が漏れ始めているね。もしかして嫉妬でもしているのか。可愛らしくはあるけど未来のハーレム候補を殺させるわけにはいかない。


「二人に手を出したら夜叉丸を嫌いになるよ」

「むぅ……なら、やめる」

「それでいい」


 不服そうではあるけど殺気は消えた。

 夜叉丸の顔を見て二人とも残念そうな顔をし始めたけど……何かあったのかな。あれか、僕に彼女がいて悲しくなっているとか。逃げる時も彼氏がどうとか言っていたもんね。


「どうかした?」

「い、いえ……お綺麗だな、と」

「そうでしょ、自慢の彼女なんだ。でも、二人とも負けないくらい可愛いよ」


 こういう時に女の子と関わりが少ない人生であった事を恨むよ。絶対に今の発言は良くなかった。彼女を立てながら目の前の女の子達も立てる。初心者には難し過ぎる状況ですって!


 でも、三人とも喜んでいるから意外と正解だったのかもしれない。夜叉丸は胸を張りながら「当然」って言っていて、姉の方は「王子様」って頬を赤らめ始めた。妹は「可愛い……可愛い……」とか言うだけの壊れたラジオみたいになったし……これは本当に押せばいけそうな気がする。


 なんだか今日、いけそうな気がする!

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