百合であってほしいと望む

トリスバリーヌオ

第1話

 彼女は私に対してどこか嗜虐的とも思える微笑みを向けてきた。

 私はそれに対してどのような反応を見せればよいのか見当がつかずに、ただへらへらとするしかなかった。


「やはり貴方って面白いわね」

 彼女はそう言うと私の手首を握った。

 次の瞬間、私の視界には木製の天井とこの部屋を優しく照らしている電球、悪く言えば殺風景な部屋の景色が広がっており、背中から地面に叩きつけられたのだと理解するのに数秒の時間を要した。


 痛みは無かったが息苦しさを感じる。肺の中の空気が全て押し出されてしまったのだ。


 私が咳き込んでいる間に彼女の手が首元に迫る。

 反射的に手を払い除けようとしたが、それよりも早く彼女の手が首を捉えた。

 首を絞められると思い目を瞑ったが、その手は頬に触れるだけだった。

 冷たい指先が肌の上を這う感覚に鳥肌が立ちそうになるが、不思議と嫌ではなかった。

 しかし、それも一瞬の出来事だった。

 今度こそ首に手を添えて力を込めてくる。

 だが痛みは感じずに頭がだんだんと働かなくなり息をどれだけ吸っても水の中にいる状態になるだけだった。


「………ッ……ぁ…」


 彼女の顔の横からちかちかと点滅している天井が見える。

 何とか抜け出そうと足や手に力を込めてじたばたするが抜け出せない。

 最後に見たものは彼女の表情だった。

 笑っていた。



 目が覚めた。

 相変わらず左右どちらを見ても小難しそうな本が並んでいる。

 だがそんなことは些細でどうでもいい事であり、少し視線を上げるとそこには彼女の姿があった。

 彼女は椅子に座って本を読んでいた。

 まるで私が起きたことに気が付いていないかのようにページを捲っている。

 ここはどこだろう? 記憶を整理しようとするが上手くいかない。

 確か、そうだ、思い出した。


 何故私が彼女に絞められたのかと疑問に思い、寝かされていたソファの上でうんうんと悩んでいると彼女が顔を上げた。

 うんうんしているところを見られたらしい。


「おはよう、良い朝ね…と言った方がいいのかしら?まあ、貴方にとっては今が朝なのか夜なのかわからないのだけれど」


 確かに彼女の言う通りだと思った。

 窓が無いせいで外の様子が全く分からない。

 それに、ここに連れて来られてどれくらい時間が経ったかも正確には把握していない。


「お腹が減っているなら何か持ってくるけど?」


 彼女の言葉を聞いて空腹感を覚えた。

 言われてみると夕食を食べていない。

 急に胃袋が小さくなったような錯覚を覚える。


「いえ、今は大丈夫です」

「そう、遠慮はいらないわよ」

「じゃあ、お願いします……」


 彼女は小さく笑うと部屋を出て行った。

 それを見送った後、私はもう一度ソファに横になった。

 これから一体何が起こるんだろうか? 不安だったが、不思議と恐怖心はなかった。


 しばらくすると彼女が戻ってきた。

 手には2枚の皿を持っておりその上にパンが載っていた。

 彼女はそれを机に置くと再び近くにある椅子に腰かけた。


「食べないの?」


 彼女は私を見つめながら言った。

 正直なところ食欲はあまりなかったが、せっかく持ってきてくれたのだから断るわけにはいかない。


「いただきます」


 と言ってパンを一口齧った。

 柔らかい食感と共に甘さが口の中に広がった。

 甘いものを食べるのは何日ぶりだろう?


「美味しい?」

「とてもおいしいですよ」


 それは良かったと言いながら彼女もパンを口に運ぶ。

 食事の間会話はなかったが気まずくはならなかった。

 寧ろ心地よかった。


「あの……」


 食事が終わった後、意を決して話しかけることにした。


「どうして私をここに連れてきたんですか、それに私の首を絞めたりして」

「質問が多いわね」


 彼女は困り顔を浮かべたがすぐに元の表情に戻った。


「別に深い意味は無いわよ。強いて理由を挙げるとすれば暇つぶしの為かしら」

「暇つぶし…ですか」


「ええ、だってこんな狭い部屋にずっと閉じこもっていると退屈でしょう。でも、貴方と話せば時間はあっという間に過ぎてしまうのよね、それに私たち以外の人間は大体死滅したのだから。あぁ、それと頭を打ったのはごめんなさい。手加減できなかったのよ貴方が随分とまあ可愛くてついね」


 彼女は淡々と話し続けた。

 私はその場でため息をついた。


 実のところ私もこの人っ子一人いない世界に飽き始めていた。

 それはどのような人物だって同じことであろう。

 寝て起きたら地震以外のすべての存在が消えて孤独で仕方がない。

 しかし、だからといって誰かを誘拐するというのはどうかと思う。


「それにしても貴方って本当に無抵抗なのね。普通ならもっと暴れるなり喚くなりするものだけど」

「生憎そういう性格じゃないもので」


「そうなの?じゃあ、私が貴方の立場だったらどうするかしら?」


「さあ、わかりません、でも貴方の言動を見ていると優しく微笑んだりするだけで抵抗とかはしなさそうですね」

  「......あら、嬉しいこと言うわね!」 そう言うと彼女は嬉しそうに笑った。 どうやらこの回答はかなりお気に召したらしい。


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