第46話 その人、誰?

『舞踏会が始まるとすぐに、王子は婚約者の手を振り払い、恋人の元へと急いで駆け出した。二人だけの秘密の時間を楽しむために。真実の愛を貫くために。』


 前の世界でよく読んでいた恋愛小説を思い出して、こっそり隠れてのぞき見をしてしまった。私の身長では、植木にすっぽり隠れてしまえるから、きっと向こうからは見えないはず。


「シャル。ああ、わたしのシャル。大好きよ、シャル。なのに、どうして? 婚約なんて、いや! あなたにはわたしがいるのに、あんな犯罪聖女ふさわしくないわ。そんなの、だめよ」


「彼女は犯罪者じゃないよ」


「異世界の罪は関係ないってことは知ってるけど、でも、いやなの。いやよ、あなたに聖女だなんて。あなたの近くに、わたし以外の女がいるのは絶対だめよ、耐えられない! ねえ、わたしがオルフェに求められたから、シャルは身を引いたんでしょ。でもね、わたしが愛しているのはシャルだけなのよ。分かっているでしょ。オルフェのことは兄としか思えないの。わたしには、ずっとシャルだけなの。精霊王のお父様も、わたしとシャルの結婚を望んでいるはずよ」


「そういうことではないんだよ」


「でも、どうして……。ああ、そう、そうね、そうだわ、分かったわ。きっと、仕方なかったのね。後宮を持つように強いられて、仕方なく人間界の聖女を選んだのね。そうなのね、シャル。オルフェがわたしをあきらめたら、わたしと結婚するために、殺しても構わない犯罪聖女を婚約者に選んだんでしょ。聖力だけを取って、すぐに殺すつもりでしょ。……ああ、ごめんなさい、シャル。わたしのために、あなたにつらい思いをさせて。こんなにもわたしを思ってくれていたなんて」


「そういうことではないんだよ」


「いいの、いいのよ。分かってるわ、シャル。もう何も言わなくても充分だわ。あなたの愛は感じてるわ。あなたの愛は伝わっているわ。ああ、わたしも愛してる。大好きよ、わたしのシャル」


 ピンクの髪の女性は、シャルに抱き付いた。

 振りほどかないシャルを盗み見て、私はそうっとその場を離れた。





 ああ、おいしい。


 会場に戻って来ると、まだテーブルに残っていた焼き鳥をひたすら食べた。

 かぶりつこうとしたら、給仕があわててやって来て、一口サイズに分けてピックを刺してくれたので、マナーを気にせずに、いくつも口に放り込んだ。久しぶりに日本と同じ味。

 きっと、以前に召喚された聖女がレシピを伝えたんだ。この世界は、召喚聖女の様々な文化を取り入れて発展しているそうだ。私も何か貢献できる知識があったらよかったのに。

 あまりにもたくさん焼き鳥を食べたから、喉が渇いた。と、思ったら、すっと差し出されたグラス。この給仕の猫精霊、よく気が利くって思ったら、違った。


「食べすぎだぞ」


 ヒョウ柄の燕尾服姿のロイだった!

 あれ? でも、いつもと違う。


「リボンありがとうな。おかげで、決闘は楽勝だったし、呪いもほら、だいぶ解けた」


 ロイは自分の服を自慢げに見せた。


 いつもと同じヒョウ柄だけど、黄色くない! 白地に黒いヒョウ柄模様の燕尾服。モノトーンヒョウ柄!


「ちょっとはマシになっただろ。後は、時間はかかるが自力で解けるから」


 ロイの燕尾服の後ろで、長いオレンジ色のしっぽが揺れた。

 オレンジ色の髪から出ているのは、オレンジ色の丸い耳。


 うーん。黄色のヒョウ柄の方が似合ってた、ってちょっと思ってしまったのは内緒にしておこう。


「ロイ。この焼き鳥おいしいから、ロイも食べて」


 ロイが渡してくれたシャンパンをごくごく飲んで、焼き鳥が入ったお皿を渡す。


「向こうにおいしそうなデザートがあったの。いっぱい食べたいから付き合って」


「え? おい」


 戸惑うロイの腕をつかんで、引っ張って連れて行く。

 もう、みんな好き勝手にしてるんだから、いいよね。私だって、好きにしてやる。


 これ以上食べられないってくらいに、デザートをたくさんお腹に詰め込んだ頃、やっと精霊王が退席して、だんだんと会場から人がいなくなった。そして、ようやくシャルが帰ってきた。


「ごめん。ほんとうにごめん。どうしても抜けられない仕事があったんだ。この埋め合わせは、必ずするから許してほしい」


 シャルは金色の瞳をうるませて、たくさん謝ってきた。

 会場を出るためにエスコートの手を取ったけれど、その瞬間、甘ったるい香水の匂いがして、吐き気がした。

 どうにかごまかして、笑顔を作る。


「私は大丈夫だよ。ロイと一緒においしいデザートを食べてたの。精霊界の料理ってホントすごくおいしくて、夢中になっちゃった。パリパリした宝石みたいなお菓子に、花びらのクリームも甘くて美味しかったよ。それにね、懐かしい日本の焼き鳥もあってね。ロイにも勧めたんだけど、これ、嫌いな人いないんじゃないかなってくらいに絶品なの。甘辛い醤油味でね。今度は塩味も食べたいな」


 いつもより、饒舌になったけど、舞踏会の雰囲気のせいで興奮してるってごまかせたかな。

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