第45話 お断りします
緑の髪の聖女は、大ジョッキになみなみと注がれたワインを、勢いよく私の金のドレスに向けてかけた。
そして、バシャッという音がして、
「きゃっ! いやぁー!」
私にかけたはずのワインが全部跳ね返ってきて、緑髪の聖女は悲鳴をあげた。
聖女の水色のドレスのスカート部分は赤いワインでぐっしょり濡れて、ボタボタと床にワイン溜まりを作っている。
そりゃあ、大ジョッキでワインをかけたらこうなるよね。
「え? どうして?」
他の聖女が、全く汚れてない私の金のドレスを見て、驚いている。
うん、だって私の契約指輪に、物理攻撃反射ついてるから。
私を一人ぼっちにしている酷い契約精霊シャルの渾身の作品で、神話級の指輪。
たぶんこうなると思って、大ジョッキを持って近づく怪しい聖女を避けなかったよ。ワインまみれで泣きわめいているけど、自業自得だよ。
「なんの騒ぎだ」
冷たい声とともに、遠巻きで見ていた人の中から出てきたのは、銀髪をなびかせた第一王子だ。
「この犯罪聖女がワインをかけたんです! 酷いです!」
「そうよ。かわいそうに、びしょ濡れにされてるわ。せっかくの
ドレスが、こんなのあんまりだわ」
「やっぱり犯罪者がいると、恐ろしいことが起きるのね。わたし、こわーい。」
一斉に聖女たちは私に濡れ衣を着せだした。
あのね、けっこうあなたたち注目の的だから。私にワインをかけたところはみんなが見てるから。バカなの?
厚かましい濡れ衣にあきれる。でも、あれ? 結果的に私の指輪のせいで攻撃反射してるから、私のせいなのかな?
第一王子は聖女たちの訴えには取り合わず、側に控えている侍女に、控室で聖女を着替えさせるように指示した。
そして、私の腕をつかんできた。
「君もこちらへ。ワインが飛び散ったかもしれないから確認した方がいい」
無理やり引っ張って行かれる。
いや、私、どこも汚れてないし。それに、焼き鳥食べたいのに……。
第一王子は私を中庭に無理やり引っ張っていった。途中で助けを求めて見渡したけど、もちろん誰も助けてくれない。侮蔑の視線を返されただけだった。
「すまない。君と内密に話がしたくてね」
第一王子は、私に白い花の咲く花壇の前に置かれた長椅子に座るように促した。
おとなしく、長椅子の端っこの方に浅く座った。
銀色の長い髪をさらっと揺らしながら、第一王子は私のすぐ隣に座ってきた。
え、ちょっと、距離近い。もうちょっと離れてくれないかな。
「君に提案がある。私の聖女になり、後宮に入ってほしい」
さらっと、第一王子はひどいことを言った。
今さっき、後宮の聖女にいじめられたばかりだよ。何言ってんの、この人。
非難を込めて見つめたけど、第一王子は動じない。
「あれは、陛下の後宮の聖女だ。私の後宮の聖女は序列を重んじ、立場をわきまえ、軽率な行動はしないように厳しくしつけてある。あんな無様な行動をとったなら、一か月は独房で謹慎処分だ」
絶対、そんなところ嫌だ。
「シャルでは君を守れない」
凍ったような冷たい銀色の瞳が、至近距離でまっすぐに私を見つめた。
「君がSランク聖女だということは、関係者以外に伏せることになった。Sランク聖女は非常に貴重で、その存在が暴露されたら、人間界では守り切れないからだ。だからAランク聖女だということにしてある。ただ、先ほどのように、ここの者からは犯罪者という目で見られることになる」
そう、この世界の人たちは元の世界での犯罪者を嫌っている。元犯罪者には、どんなひどいことをしてもいいって思ってるんだ。私はそんな元犯罪聖女だと思われているから、精霊の王族のシャルの隣にいるのが気に入らない人が大勢いる。
「私の後宮に入れば、私が守ってやれる。そうすれば君はSランクだと、犯罪者ではないと周知できる。今日のような扱いを受けることはなくなるだろう。もちろん、第一夫人として、君を他の聖女よりも有利に扱うと約束しよう。君には、今いる3人の聖女を統率し、後宮の秩序ある生活を守るために尽力してほしい。」
絶対に、何があっても、そんなのイヤです。
「王太子となった私は、陛下の補佐をするために多くの聖力を必要とする。結界を維持するための莫大な魔力のために聖力は不可欠だ。私に尽くしてくれれば、必ず君に報いると約束しよう」
第一王子は、無言で首を振り続ける私を、根気強く時間をかけて説得した。でも、全く私には響いてこない。だから、最後にはあきらめて席を立った。
「初めは君の聖力だけが目的だったが、君自身も、おとなしくて無口なところがたいへん気に入った。短い時間を共に過ごしただけで、君を、……とても好ましいと思えてきた。その、陛下と同じ長い黒髪と黒い大きな瞳も、とても美しいと思う。きっと、君と過ごす日々は私にとって、楽しいものになるだろう。私のもとに来る決心がついたらいつでも言ってくれ。……楽しみに待っている」
去る直前に、銀の王子はひざまずいて、私の手を取ってそう言った。
いや、絶対いやです。
イザベラの教え「言葉遣いがまるで駄目ですわ。恥をかきたくなければ口を閉じて黙っていることね」をちゃんと守って、一言も口を利かなかったよ。ありがとう、イザベラ先生。
中庭に長くいたせいで、寒くなってきた。冷たくなった二の腕をさすりながら、第一王子に教えてもらった近道を通って、ホールへと戻ることにした。
背の高い植木に迷いながらも、明かりを目指して早足で歩く。植木の隙間から、人影が見えた。
黒い燕尾服の男性と、金色のドレスを着たピンクの髪の女性だ。
向き合って何か揉めているようだ。
燕尾服の背の高い男性の金色の髪が、月明かりに反射してきらめいている。
シャルだ。
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