第16話 セミの一生は7日じゃない
小さいツノを精霊は気にいったようで、何度も鏡を見ながら髪を整えた後、満足して帰って行った。
もちろん、ドアからではなく転移魔法で。
うらやましい、その魔法。MPがいくつあったら使えるのかな。自分の乏しいMP30+3を思い出して悲しくなる。
夕食を食べに寮を出る。
精霊感謝祭なので、パーティが開かれているのだ。ダンスは踊れないし、パートナーもいないから欠席予定だったけど、寮では今晩の食事がでないのだ。
空腹に耐えかねて、白いローブを羽織って向かう。少し、肌寒くなってきた。
食事をたくさん盛り付けた大皿を手に、人混みを避けてベンチを探す。ようやく見つけたのは、会場から離れた大きな木の陰。電灯の光はあたらないけれど、今日は大きな月が3つも出ているので、食事をするぐらいには明るい。
パーティ会場からノリのいいロック調の音楽が聞こえてきた。
一人寂しく暗がりで食事を終え、デザートを取りに会場に戻ろうと立ち上がると、向こうからやってくる人がいた。
泣きながらかけてくる女の人と、おろおろと後ろについてくる巨大なセミ。
スズさんだ。
気まずいので目を合わせないようにすれ違う。けど、私の気遣いをよそに、肩をつかまれた。
「なによ。あんたまで、私をバカにするの!?」
酔っぱらってるみたいだ。
「どうせ、私は、こんな気持ち悪い虫としか契約できないわよ」
スズさんは泣きながら絡んできた。
ぐいっと手に持ったワインをビンのままあおる。
「ヒック。あんたが、落ちこぼれだっていうから優しくしてやったのに。私のこと、陰で笑ってたんでしょ。私に隠れて、貴族の知り合いの精霊と契約して、秘密にして。バカにしないでよ」
今までのスズさんとはまるで違う顔をして、怒鳴ってくる。相当酔っ払っているようだ。
「私だって、私だってねぇ、やり直したかったわよ。なんで、あんたばっかり」
スズさんは座り込んで、大声で泣き始めた。
セミ精霊はおろおろとスズさんに手を伸ばす。
スズさんはその手を振り払って、ワインの瓶に口をつけた。
「なによ。入ってないじゃない。ワインまでバカにして!」
空っぽの瓶に怒ったのか、地面に思い切り叩きつけた。
ガシャン。
大きな音がして、破片が飛び散った。
「うふふふっ」
スズさんは割れた瓶を片手に、ふらふらと立ち上がった。
とても、危ない感じがする。
「最近ね、元の世界の夢を見るの。飛び降りた瞬間の夢よ。こんな会社潰れてしまえって、遺書を書いて屋上から飛び降りたの。私をいじめる先輩がいる会社なんか倒産してしまえばいいんだって。いつも人をバカにして、掃除とか書類整理とかくだらない仕事ばっかりさせるから、私が死んだらざまあみろって」
スズさんは、近づくセミ精霊を牽制するように、割れたワインの瓶を向けた。
「でもね、飛び降りた瞬間に怖くなったの。私、何してるんだろうって。怖くて、怖くて。嫌だ、死にたくないって」
泣き顔でこっちを見て、ゆがんだ笑顔を作った。
「召喚されて、聖女になるんだって。小説みたいよね。ああ、ここが本当の私の世界、私はここで主人公としてやり直せるんだって。……でも、違った。私がなったのはこんな気持ち悪いセミの聖女。ははっ。最下層の落ちこぼれ。私より可哀想なあんたを見つけて、やっと気持ちが落ち着いたのに……。はあっ。何よ。裏切りやがって!」
逃げなきゃ。
割れた瓶を振り上げて向ってくるスズさんから逃げようと、後ずさったけど、木の根につまずいて片膝をつく。
「あんたなんて、私より下のままでいたらよかったのよ!」
迫ってくる割れた瓶に、顔を覆って目をつぶる。
でも、その瞬間、抱きしめられた。
硬い大きな腹筋。
背中にまわされたのは6本の腕、じゃなくて足。ワインの瓶が肩に刺さったセミは、苦しそうにツクツクと鳴いた。
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