第17話 悲しい別れ

 保健室に運ばれたセミ精霊は助からなかった。


 もともと寿命だったそうだ。


 セミの精霊は寿命が短い。夏の終わりには、儚くなってしまうそうだ。


 10年続いた夏が終わる。

 校庭の木々は赤みを帯びてきた。


 ローブの下に厚手のカーディガンを着込んで、校舎へ向かう。一週間前のパーティのゴミが、まだあちこちに散乱していた。踏まないように、気を付けて歩く。


 あれから、スズさんは退学になった。契約精霊を害する行為は法律違反だ。聖女の資格を取り上げられて、更生施設へ送られたそうだ。私のせい? って少し後味が悪かったけど、郵便物を横領していたのがバレて、退学処分が決定していたらしい。自業自得。でも、あまり厳しい所じゃないといいな。



 召喚されてきた女性にとって、ここでの暮らしは決して楽ではない。頼るものがいない中で、厳しい階級社会で生きていく。


 自分で生きることを望んだのから。

 そう、言い聞かせて、孤独に耐える。

 スズさんに同情はしない。私もシャルと契約できなければ、同じ道を行っていたかもしれないから。たまたま、私の聖力が高かっただけ。私の努力じゃない。シャルは別に私が好きだから契約したんじゃない。ただ、聖力が……。


 おかしいな。最近、涙もろくなってきた。元の世界じゃ、あまり泣かなかったのに。


 記憶は失ったはずなのに、夜になると元の世界のことを夢に見る。そして、そんな夢を見た次の日の朝は、ホームシックにかかったように、つらくてたまらなくなる。もう戻れない場所に戻りたくて。



「おい」


 暗く沈んで歩いていると、向こうから派手な格好をした男性がやってきた。

 コーデュロイのジャケットに細身のスエードのパンツを合わせている。どちらも黄色のヒョウ柄だ。


「悪かったな。感謝祭で一緒に回れなくて」


 一応、謝っとく、と、空中から箱を取り出す。

 精霊の長いしっぽがゆっくり揺れた。


「聖力玉がおれのせいで売れなかったからな。代わりにこれをやるよ」


 ヒョウ柄精霊は箱から黄色っぽい石を取り出した。


「魔石だ。おれの魔力を詰めといたから、しばらくはこれで持つだろう」

 

 元の世界で見たことのあるタイガーアイに似て、黒い縞模様がある。思いがけないプレゼントに驚いた後、ありがとうと告げた。


「おまえのさ、聖力玉、味は悪くなかったぜ。まあ、一気に食べたのがよくないって医者に叱られたけど。でも、まあ、だからさ、また今度作ったらおれに渡せよ。今度はちゃんと味わって食べてやるから、な」


 照れたように、そう言った精霊の首には受付で渡される精霊面会許可証がかかっていた。そのカードをつるした紐までが、ヒョウ柄だった。


 あと2か月で1年が終わる。異世界での1年。長いようで短い。

 私は生きるチャンスをもらった。

 今度は悔いのないように生きようと思った。

 大丈夫。

 がんばってる。

 左手の薬指にはめた指輪を見ながら思う。

 自分で選んだのだから、最後まで付き合うよ。

 自分の人生なのだから。

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