第14話 精霊感謝祭

 学校の運動場には、早朝から多くの精霊が列を作っていた。

 このスペースには、校舎内と違って、招待状を持たない精霊も事前予約で参加できる。目的は1年生の聖女が作る聖力玉だ。


「よかった。25番にも並んでる!」


 校舎の影から、こっそり様子を見てみた。

 一番人気はやっぱりイザベラ。1番の札の前に並ぶ精霊は、長い列を作っている。25番は少ないけど、54人は並んでいる。全員が買えば完売だ。

 祝、貧乏脱出! やったね。

 私はニンマリ笑った。


 でも、販売が始まってから、その笑顔は固まった。

 試食用の聖力玉を口に入れた精霊が、ゴホッと咳をした後、口を押さえて倒れたのだ。

 大騒ぎの中、職員がすばやく、担架でそのトカゲ精霊を運ぶ。

 25番に並んでいた精霊たちは、さっと他の番号に並び直した。


 なんで?

 ええっ?なんで?


 うずくまって、泣きそうになる。

 がんばって作ったのに。

 すごくたくさんの聖力も入れたのに。


 まさか、誰かが、毒を……。

 なんて、イヤな考えがよぎる。


「おい」

 

 見上げると、いつの間に現れたのか、ヒョウ柄精霊がいた。


「おまえ、こんなイベントがあるなら、ちゃんと教えろよ。聖力玉なんてめったに手に入らないんだぞ」


 怒りながらそう言って、手を引っ張って、無理やり売り場の前に連れて行かれた。


「どれだよ、お前の。まさか売り切れたりしてないだろうな」


 キョロキョロ見渡して、誰も並んでないコーナーに25の数字を見つける。


「なんだ、売れ残ってるじゃないか。ははは、いいだろう。俺様が全部買ってやる」


 そう言って、まだショックから抜け出せない私の前で、職員に大金を払って買い占めた。

 そして、大きな紙コップに入れた大量の聖力玉を一気に全部口に押しこんだ。

 !

「ゴホッ、おまえ、ゴホッ。これ、どれだけ聖力、ゴホッ」

 赤くなったり青くなったりして、ヒョウ柄精霊は、バタンと地面に倒れた。


 担架で運ばれた保健室で聞いた診断名は、急性聖力中毒。人間で言うと、急性アルコール中毒みたいなもの?

 私の聖力玉は高濃度過ぎたらしい。


 いっぱい振ったから……。

 がんばりすぎた結果が裏目に出てしまった。


 幸いなことに、精霊は、2、3日の入院で回復するらしい。

 試食品を食べた精霊も、回復中だとか。


 踏んだり蹴ったりだよ。


 他の出し物を見る気にもならくて、寮まで、とぼとぼ歩く。今日は、もう部屋で一人で勉強しよう。


 ドアを開けた瞬間、目に入った金色の髪。

 シャルだ。


 学習机に広げた書類から目を上げて、にっこり笑った。

 黄金の瞳が優し気に細められている。


「早かったね」


 どうしてここに?


 今、優しくされると、すがりつきたくなる。

 あふれそうになる涙をこらえて、無理やりしかめ面を作る。


「女性の部屋に無断侵入は良くないです」


 今更、だけど。


 ふっと小さく笑って、シャルは椅子から立ち上がって、

 目の前に来る。

 私の背は彼の胸までしかない。

 小柄な私とじゃ、大人と子供みたいに見えるんだろうな。

 と、バカなことを考える。


「泣いたのかい?」


 優しく、うっとりするような響きで尋ねられる。


 泣いてない。


 否定しようと思ったのに、さっき止めた涙が、一気にあふれ出した。

 シャルの手が優しく頭をなでて、そっと抱きしめられた。

 サンダルウッドの香り。元の世界で好きだった香りに似ている。

 落ち着いて、心が休まる。

 なぜだか、涙が次から次へとあふれてきて、抱きしめられたまま、静かに泣いてしまった。



 恥ずかしい。

 やらかした。

 恥ずかしい。


 ずいぶん長くシャルにしがみついて泣いた後、我に返って、自分がイヤになった。


 背中にまわされた手を振りほどいて、抜け出す。

 無言でロッカーに向い、ローブを脱いで、トレーナーを羽織る。気分はブルーなのに、トレーナーはピンク色しか持ってないことが、今日はとても悲しい。


 ああ、もう。

 結局、聖力玉は不良品だってことで、返金された。

 私の臨時収入はなし。

 精霊が入院している時に、こんなこと考えた自分をほんとにイヤなやつだと思って、さらに自己嫌悪に陥る。

 自分のせいで、具合が悪くなった精霊を心配するべきなのに。


 でも、でもね。

 ああ、もう、何もかも上手くいかない。


「これがカナデの聖力玉?」


 シャル用に取り分けて置いたものを、興味深そうに一つ取って見つめていた。

 聖氷器から取り出して時間がたつので、小さくなっている。

 止める間もなく、シャルはその小さな塊を口に入れた。


「だめ!」


 慌てて、止めようとしたけど、手をつかまれる。


「うん。おいしい。濃厚でとても甘い」


 満足そうに口元をほころばせる。


「どこも、苦しくない?平気?」


 心配になって、顔色をうかがう。

 ほのかに淡く色づいた頬。

 いつもよりも色気が増したような。


「カナデの聖力は、いつも濃くて甘いけど。これは、特に……。いっぱい入れたんだね」

 

がんばったね。と、シャルはカナデの頭をなでた。

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