第10話 ベッドの上で

せっかくの街歩きだったのに、なんか人生終わった気分でふらふら帰ってきた。

 スズさんに、ものすごく優しくされた。

 私の精霊は、下級精霊じゃないよって、今日も言えなかったな。でも、音信不通の精霊は、下級よりずっと下だよ。


 置き配された荷物が並ぶのを横目に、自分の部屋へ向かう。私のドアの前には何も置かれていない。

 カギを開けて、かちゃりとドアノブを回して部屋に入る。

 郵便受けにも……。

「遅かったね」

 !!

 振り向くとまぶしい金色!

「どこに行ってたの。僕をおいて」


 シャルだ! 今まで連絡のなかった最悪の契約精霊。

 金色の精霊が、学習デスク付属の座り心地の悪い椅子に座っている。


 放置したのはそっちでしょ。


 言いたいことはいっぱいあったけど、久しぶりにみた妖艶な美貌に口が開いたまま動かなくなる。


 金色の精霊は、どことなく疲れて見えた。

 いつもびしっと決めてるスーツじゃなくて、今日は灰色の作業着……?


「早く渡したかったから、着替えるの忘れてたね」

 シャルは恥ずかしそうに自分の服を見てから、ポケットから小さい箱を取り出した。

 指輪のケース?

「契約指輪は自分で作るって知らなかったんだ」

 ごめんね。とにっこり笑う。


「僕の側近の精霊は誰も契約したことがなくてね。ほんと恥ずかしい。支給品を渡すなんて、最底辺の下級精霊のすることだって聞いてから、恥ずかしくって君に会いに来れなかったよ」

 だから、と精霊は私の指から支給品の指輪を抜いて続けた。


「急いで材料を取りに行ったんだ。オリハルコンとアダマンタイトとヒヒイロカネを採取して、フェニックスとドラゴンとクラーケンを倒して素材を回収したんだけど、そこからが、なかなかでね」


 新しい指輪をケースから取り出して、私の指にはめる。

「うん、ぴったり」

 と、満足げにうなずいた。


 支給品の細い銀色の装飾のないシンプルな指輪が、細い銀色の装飾のないシンプルな指輪に取り換えられた。


 ん?……同じ?

 細さも、鈍い銀色も。全く同じ。


「支給品そっくりに作るのに苦労したよ。素材集めは3日で済んだけど、錬金術は、どうやっても豪華な指輪になってしまってね。何度も失敗したよ。粗末な指輪を作るのって難しいんだね。二月もかかったよ」

 シャルは、やり切った感を出して、満足そうに私の指をなでた。


 なぜ支給品と同じにしたのか聞くと、支給品で契約したことがバレると恥ずかしいからだそうだ。支給品そっくりだけど、実は手作りだってことにしたかったらしい。

 そのために、いままでずっと錬金工房にこもっていた。


「それから」

 シャルは自慢げに指輪をなでて話し続けた。


「いろいろ効果を付けてみたんだよ。毒耐性・魅了耐性・混乱耐性・魔力攻撃吸収・物理攻撃反射・不屈の精神・限界突破・HP10%増・MP10%増・炎ダメージ10%減・炎属性付加、氷ダメージ10%減・呪いダメージ50%減・レアドロップ率90%増・器用さUP・おしゃれUP、あと、なんだったかな。つけすぎて忘れちゃったね」


 シャルは最高傑作を作った職人のように満足げだ。


「待って。それより、魔力を込めてほしいの」

 呪文のように早口で言われた指輪の効果は、ほとんど聞き取れなかったけど、なにより必要な魔力を願う。


「ああ、それね」

 シャルは絶望させるようなことを言った。


「付与を最大限までつけたからね。これ以上何も入らないよ」



 ベットに座ってがっくりとうなだれた私に、シャルは申し訳なさそうな顔をして隣に座った。

「MP10%増と魔力攻撃吸収をつけといたから」


 いやいや、MP10%増って、MP30の人にとっては、ほとんど意味ないよね。魔力攻撃吸収って、魔力不足になるたびに、攻撃してくれって頼めばいいの?……無理。この先どうしたら……。


 絶望的な気分になっていると、肩にシャルの手がかかった。

「ねえ。がんばって作ったご褒美がほしいな」

 耳元でシャルの美声が響く。

「会えなくて寂しかった?」

 艶っぽいささやき声。

 今更ながら、男性と狭い部屋に二人きり、それもベッドの上にいることを思い出して、恥ずかしくなる。


「もらってもいい?」

 頭が真っ白になって、心臓がどきどきする。逃げたいのに、動けない。

 シャルの顔が近付いてきて、手が背中にまわされた。

「ああ。いい匂い」

 誰か、助けて。

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