第11話 一夜明けて
やられた。
昨夜のことを思い出して、赤面しそうになるのをごまかそうと、首を振る。ドアに鍵をかけて、確かめる。
教本の入ったずっしり重いトートバッグを肩にかけて、薄暗い廊下を歩いた。
昨日も、部屋に鍵をかけておいたのに。
不法侵入したシャル。
そもそも、寮は不審精霊対策で強力な結界を敷いているそうだ。シャルに聞くと、「結界?なにそれ?」とキョトンとされた。精霊貴族には少しも効果ないらしい。
階段を登りながら、踊り場の鏡を横目で見る。指輪に付与された「おしゃれUP」の効果はいかほど?
鏡に映るのは長い黒髪をおろして、ぶかぶかの白いローブを羽織った小柄な女の子の私。あんまり効果はないみたい。
「そもそも、抱きつく必要ないじゃない」
独り言が階段にひびいた。
聖力の譲渡は契約時に交換した指輪を通して行われる。
シャルのくれた指輪は付与効果をつけすぎたせいで、本来の機能を失っている。そのかわりの譲渡方法は、昨日読み直した「精霊Q&A」に小さく載っていた。
身体的接触、つまり、手をつなぐとかでいいのだ。
ベッドの上で思わせぶりに抱き付いて、髪のにおいをかぐなんて方法をとる必要は全くない。
それなのに、シャルはおびえる私を嬉しそうに抱きしめて、なかなか解放してくれなかった。
思い出すたび腹が立って顔が赤くなる。
それでも、2ヵ月も私のために貴重な素材を採取したり、錬金したりしてくれたので、感謝を表そうと、「精霊感謝祭招待状」を渡した。
シャルは嬉しそうに受け取った後、困ったように眉を下げた。
「ぼくが行くと大騒ぎになってしまうね」
それもそうだ。高位精霊が来るとなると、学園中が阿鼻叫喚図になりそうだ。なにしろ、機嫌をそこねるだけで、とばっちりで黄金の炎で焼かれ、消滅した精霊を目撃したから。
「行かない方がいいよね」
そう言った時の精霊の寂しい顔が思い出された。
私と契約したことは、側近以外には秘密にしているそうだ。知られると大騒ぎになるので、学校関係者には緘口令を敷いて、一般精霊と契約したように書類を偽造している。お見合いパーティの出席者は記憶を操作したらしい。
「代わりに代理の者を行かせるよ。挨拶に向かわせるから」
って言ってたけど、誰が来るのかな。
貴族は怖いから嫌だな、でも、それ以外だと言葉が通じないし。
授業に向うと、イザベラからサークル活動の有用性と団体行動の重要性を説かれるのを無視する。ランチでは、ものすごく優しくなったスズさんから、有料の惣菜の施しを受けた。そんな日が続いていく。精霊感謝祭まであと20日。
教本2が難しくて、夜更かししたせいで、眠気を我慢しながら、リヴァンデールの歴史1の講義を受け終えて、やっと1日が終了。
これで帰れると思っていると、校内放送。
「1年生クラスのササハラ・カナデさん。面会精霊が来ています。至急、大至急っ、貴賓室にお急ぎくださいっ。」
焦ったような声の放送。
何事かと、残っているクラスの子がこっちを見る。
教室のドアが開いて、職員が駆け込んできた。
「カナデさん。ここにいたの。早く、とにかく、早く!」
ゼーハー息を吐きながら、職員は私の腕をつかんで追い立てた。
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