第9話 届かない思い
シャルから連絡がない。
郵便入れには、今日も何も入ってない。
契約したら、もう用済みってこと? 思っていたのと違うから、やっぱりやめたいってことなの?
いやな考えばかり浮かぶ。鏡を見て、無理やり笑顔をつくる。
大丈夫。なんでもない。私は強い。
腰まで届く黒髪は、念入りにブラッシングする。別に、こだわりがあって伸ばしてるんじゃなくて、美容院代がもったいないだけ。でも、支給品の洗髪剤は優秀で、枝毛もなくつやつやをキープできる。すばらしい。
ドアを開けると、白いローブの聖女にぶつかりそうになった。黒髪のほっそりした女の人。
「あ、ごめんなさい」
女の人は、大きな荷物をたくさん抱えている。
「手伝いましょうか?」
なんとなくその姿に親近感を覚えて、声をかけた。
「えっと、でも、私の仕事なんで」
「仕事?」
女の人はコクリとうなずいた。
「あの、わたし、2年生の、タナカ・スズって言います」
え、日本人?
荷物の置き配を手伝いながらした会話によると、女の人、スズさんは、私たちが来る1年前に、リヴァンデールに召喚された聖女だそうだ。
年齢は私より4つ上。
スズさんは、あまりいい精霊と契約ができなかったので、郵便係のバイトをしているそうだ。
郵便バイト! それなら私もできるかも。ああ、でもスズさんの仕事を奪っちゃダメだよね。
「入学者名簿にカナデさんの名前を見つけて、もしかして同郷の人かなって気になってたんです」
おとなしそうなスズさんは、ちょっと癖のある黒髪を肩のところで切りそろえている。同じ黒髪! 同じ日本人!
「スズさん。私と友達になってください」
人恋しさもプラスして、恥ずかしいセリフを言ってしまった。
ランチを一緒に食べる友達ができたので、明るい気持ちで授業に臨める。教本レベル1も終了できたし。学校生活が楽しくなってきた。しつこくサークルに勧誘してくるイザベラの嫌味も聞き流した。
「カナデさん」
食堂で、きょろきょろ探していると、スズさんが手を振ってくれた。ああ、友達がいるっていいね。
「ごめんね。待った?」
「ううん。今来たところ」
「今日も5級市民ランチは豆のスープかぁ。まあ、豆は栄養あるからいいんだけど」
おんなじ5級同士で気軽にメニューにケチをつけられる。
こういう会話、したかったのよね。
スズさんは、ふふふっと小さく笑った。
「カナデさん。今度のお休みに、良かったら一緒に街に行きませんか?」
スズさんからの提案。うれしいけど、財布の中身を思い出す。休みの日も部屋にこもって勉強してるのは、勉強が好きだからじゃなく、お金がないからなんだよね。
「あの、私、バイト代入ったからごちそうしますよ。実は契約精霊のことで相談もあって」
「ううん、お茶代くらいなら払えるよ。それより、相談って?」
私みたいに、契約精霊に放っておかれる聖女に、のれる相談なんかあるかな。
「あの、私の精霊に会ってほしいんです。今度の精霊感謝祭の時に、招待しても大丈夫か見てほしくて」
学校は普段は精霊立ち入り禁止だけど、特別な行事がある時だけは、契約精霊を招待できる。精霊感謝祭は2ヶ月後だったなと行事予定を思い出す。
「以前、私の精霊のことを気持ち悪いってクラスの子に言われたんです。でも、感謝祭に誘ってあげたくて。カナデさんから見て、大丈夫かどうか教えてほしいの。もしかして、クラスの子が意地悪で言っただけかもしれないし」
意地悪なクラスの子、本当に嫌だよね。
私もイザベラたちに散々絡まれてる。他の子は見ているだけだし。
「そんなの、スズさんが招待したいなら、したらいいんだよ。周りの雑音は気にすることないよ。ああ、会うのはもちろんオッケーだよ。楽しみにしてるね」
スズさんは、はにかんだようにほほえんだ。
「カナデさんの精霊にも合ってみたいな」ってつぶやきは、聞こえないふりをした。
「カナデさん!」
待ち合わせ場所で手を振るスズさんに駆け寄ると、スズさんの後ろに隠れるようにくっついていたものがもぞっと動いた。
!
割れた腹筋。浅黒い肌。背の高い………………セミ。
器用に茶色い羽根でバランスをとって立っているヒトサイズのセミは6本の足をもじもじと動かした。
大きな黒い目で見つめてくる。
うっ……。
腹を見せるセミを見て、思い出すのは、台風の後、ベランダに転がっていたセミの死骸。ごみ袋に入れようと、ティッシュごしにつかむと、突然、大音量を出して転がりだす、心臓に悪い虫。
「私の契約精霊のジークフリート君。ジーク君って呼んでるの。あの、気持ち悪くなんかないよね?」
心配そうに聞いてくるスズさんは、心細そうなセミと手をつないでいる。
「あ、えっと。うん、そうだね。日本でも、わりと身近な生き物だったし。子供に人気があって。夏休みの宿題とかで、私もお世話になったかな」
セミの標本づくりで。
ぱあっと安心したようにスズさんは笑顔になった。
「そうだよね。私も、このつぶらな瞳がかわいいって思うの」
スズさんに褒められたセミは、恥ずかしそうに足をこすり合わせて鳴いた。
「ツクツクツク」
鳴き声はツクツクなんだ。見た目、アブラゼミだけど。
一緒に入ったカフェで、店員さんに「室内で、虫はちょっと」とオープンテラスに案内された。大きな木の陰にある外から見えにくいお忍び席だそうだ。
一番安いホットコーヒーを注文する。
セミは何を食べるのかな?
興味津々で見てたけど、スズさんが笑って教えてくれた。
「ジークは空気中に少しだけある聖力を吸ってるの。でも、私たち聖女は濃縮された聖力を持っているから、時々それをごちそうするの」
そんなことも知らないのと少し驚かれる。
私はまだ1度も、シャルに聖力を渡していない。
「前から気になってたんだけど、カナデさんの契約指輪、魔力が補充されてないよね」
スズさんは自分の指輪を日にかざして見せた。細い指輪がきらりと光る。
「私も同じ支給品の指輪だけど、こうやって日光に当てると輝くの。でも、カナデさんのは……」
私の指輪は鈍い色をしている。何年も磨かれなかったシルバーの指輪みたいに。そのうち黒ずんだりしない?
シャルは指輪をはめただけで、一切魔力を補充していなかった。
学生寮の魔道具は最新式の省エネ設備を導入しているため、召喚者寮と違って、なんとか自分の魔力で生活できるけど。魔法実践授業が始まると、ついていけなくなる。
スズさんは悲しそうな顔で、ケーキをすすめてきた。
「これ、食べて。学食じゃデザートなんて食べれないでしょ」
なんか、つらくなってきた。
「ジーク君もね、今、がんばってお金を貯めて、ちゃんとした指輪を作ろうとしてくれてるのよ。私、絶対に精霊感謝祭に招待するね。カナデさんが後押ししてくれたから、大丈夫だよね」
スズさんはにっこり笑って、チョコレートパフェにささっているウェハースをカリッと噛んだ。
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