第3話 精霊の貴族
「カナデちゃん。今日はなんと、精霊の貴族が来るのよ」
いつものようにお見合い会場に入ったら、スタッフのメリアンさんが小走りに報告に来た。後ろに、メリアンさんの契約精霊のジャック君がついてきている。
精霊にも階級があって、ヒトに近いほど位が高いんだって。
下級精霊はサイズだけがヒトと同じ。上級精霊は体はヒトで、頭は動物。お見合い会場でよく来るタイプね。頭だけラッコとか、馬とか、狐とか。
貴族は……、ちらっとジャック君を見る。
ジャック君は、人間の7歳くらいの男の子の姿をしている。ただ、人間と違うのは、茶色いくりくりした髪の横に、垂れた犬耳がついている。そして、後ろでは白いふさふさのしっぽが揺れている。……かわいい。すごく、かわいい。
ジャック君は貴族なんだって。それにね、私にも言葉が通じる! 精霊なのに!
「カナデのこと、精霊界で噂になってる」
ジャック君はメリアンさんになでてもらって、嬉しそうにしっぽをぶんぶん振った。
「聖力が高い聖女がいるって、噂になってるんですって。貴族があなたに興味をもったみたいよ。今日は、男爵になったばかりの精霊が予約してるの!」
と、メリアンさんが興奮したように言った。
頭がヒト型の精霊貴族は人間の言葉を話す。私の精霊共感力が低くても、意思疎通ができる。もしかして、今度こそ、契約できるかも!
入口の鏡を見て、身だしなみを整えた。
背が低くて、童顔なのが悩みの種だけど、まあまあ可愛い方だよね? 他の召喚者みたいにナイスバディとかは無理だけど。精霊って、容姿の好みはあるのかな?
頭の中に、前回のお見合いの帰りに見た金髪の男性の姿が浮かんだ。
ものすごい美形だったから、じろじろ見つめてしまった。恥ずかしくなって、逃げるように帰ってきたけど。
ここの関係者かな? もう一度会える?
ああ、だめだ。あれだけの美形は側にいると心臓に悪い。一度見ただけで、十分満足。
「だいじょうぶ。カナデちゃんはかわいいって。こんなにかわいいんだもん。今日こそきっと決まるわよ」
鏡を見て、黙り込んだ私を勇気づけるように、メリアンさんがぽんっと肩をたたいた。
「じゃあ、席について待ってましょうね。今日は貴族が来るから、いつもよりも高級なお茶とお菓子を準備したのよ」
お菓子!いつまでも聖女見習いで役立たずの私は、寮でおやつをもらうのも心苦しい。お見合いパーティでの間食が唯一の楽しみ。椅子に座って美味しい紅茶を飲みながら、ショルダーバックから『精霊Q&A』を取り出す。貴族についてのページをおさらいしておこう。
「精霊貴族は王族を頂点として公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の階級に分かれています。その生態は謎に包まれていますが、貴族は魔力が高く、プライドも非常に高いと言われています。存在数は少ないので、出会う確率は低いですが、出会ってしまったら、決して逆らってはいけません」
うーん、なんか怖そうだね。でも、魔力が高いのはうらやましいな。私の魔力30だと生活魔道具を使うのもやっとだよ。寮生活では寮母さんの魔力を借りてばっかり。
ああ、早く契約して、聖女学校の寮に移って、迷惑をかけないようにしなくちゃ。がんばろう。
パタンと本を閉じて、紅茶を飲もうとした時、後ろから腕をつかまれて、椅子から引きあげられた。
「おまえ、うまそうだな」
私をつかまえたのは、精悍な容貌で頭の上に三角の耳をつけた精霊だ。後ろで長いしっぽも揺れている。
ヒトの頭をしてるから精霊貴族だ!
トラの精霊? ううん、違う。絶対にヒョウだ。
だって、細身のスーツは上下ともヒョウ柄! 全身でヒョウを主張している精霊!
「痛いです」
つかまれた腕を放そうと、もがいたけれど、両手を後ろでつかまれた。
「いい匂いだな。おまえとやりたい。おまえをおれの女にしてやろう。光栄に思え!」
!! 絶対、いやーっ!!!
助けを求めて、周りを見るけど、他の精霊は居心地悪そうにうつむいている。女性も、関わらないでと目をそらす。
メリアンさんはこっちに来ようとしているけど、警戒したジャック君に止められている。
自分でなんとかしなきゃ。ああ、もう。
「やめて! 放してください! もうっ、おすわり!」
おもわず、犬を躾けるみたいに、鋭い声を出したけど、いくら動物みたいな耳をつけてても、精霊だから聞くわけない。
あれ、効いてる?
「お、おい」
ヒョウ柄精霊はとまどったように手を放した。
「なんだよ。女、おれが契約してやるって、言ってんだろ。おれ、男爵だぜ。そこらの一般精霊とは格が違うんだぞ。それで、おれ様の初めての契約相手に、お前を選んでやるって言ってんだ」
オレンジ色の瞳でこっちをにらみつけてくる。背中で長いしっぽがゆらゆら揺れている。
言葉が話せる精霊貴族。相手から契約を望んでいる。
こんなチャンスめったにないかも。
ううっ。でも、だめ。こんなDV男。
どんなに条件が良くても、きっと後悔する。
関わっちゃダメだよね。
もったいないって気持ちを抑えて、ノーって告げようとしたら、背中を金色の光に包まれた。
「だめだよ、ロイ。彼女は僕のだ」
肩にかかる金色の長い髪。腰がくだけそうな艶のある美声。
振り返らなくてもわかってしまう。きっと前回すれ違った男の人だ。……人? ううん、違う。ヒトにしか見えないけど。
「我が君」
ヒョウ柄精霊がひざまずいた。
がたん、という音があちこちでして、精霊たちが気絶している。聖女たちはガタガタと震えていた。
肩に手を置かれて、くるりと彼の方を向かされた。整ったすごくきれいな顔をした金色の精霊。
きっと、貴族だよね。多分、ものすごく、高貴な貴族。
金色のとろけそうな甘いまなざしで、こっちを見つめてくる精霊から、早く逃げなきゃって頭の中で警告の声がする。
でも、指一本動かせない緊張状態の仲で、その精霊は懇願するかのように命令した。
「僕と契約しよう」
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