第2話 始まりはお見合いパーティで

「はーい。10分たちました。精霊の皆さんは、次の聖女のテーブルへお移りください」


 司会者の声に、目の前のラッコの頭をした精霊が、名残り惜しそうに、うるうるした目で見上げてくる。

 ……かわいい。


ああ、こんなかわいい精霊と契約できたら、異世界でも楽しく過ごせそう。あのもふもふの頭をなでたい。

早く精霊と契約して、一人前の聖女になりたい。


でも、無理なの。


白いスエードのスーツを着た、頭の部分だけラッコの精霊の後ろ姿を、涙をのんで見送った。


ああ、かわいかったのに………。


 次に席に着いたのは、馬の頭を持つ精霊。筋肉質な体を紺のスーツで決めている。しっかり服を着てても分かる。その首の太さは、脱いだら男らしい素敵な体をしているんだろう。

たとえ、首から上はウマでも。

 

 馬の精霊は、黒いたてがみをなでつけながら、大きな真っ黒な瞳で流し目をしながら、「キュイキュイ」と鳴いた。



鳴き声は「ヒヒーン」じゃないのか。 

なにやら、かっこつけながら、ずっと「キュイキュイ」とかわいらしい声で鳴く馬精霊に、がっかりしながら告げた。


「ごめんなさい。私、言葉がわかりません」


 馬は悲しそうに両手を上げて、首を振り、また、「キュイキュイ」と鳴いた。


 精霊の言葉が全くわからない。

 人間の言葉なら異世界人でもわかるし、文字の読み書きも問題ない。

 でも、精霊の言葉だけが、わからない。

精霊共感力がとても低いせいだろうって言われた。

 だから、何度お見合いしても、契約精霊が決まらない。

 

 意思疎通ができないから、お見合いしても無駄だよね。異世界召喚されてからたくさんの精霊と出会ったけど、どの精霊とも会話にならない。

 ああ、今回のお見合いも収穫なしかな。

 悲しくなりながら、会釈をして馬の頭の精霊とお別れした。


 会場にいる精霊全員とお見合いして、次は、フリータイム。

 もう一度話をしたい相手と自由に話す時間なんだって。

 でも、誰とも言葉が通じなかったから、意味ないよね。

 1人寂しく席に着いたままで、うつむいてクッキーをかじった。

 誰もこないだろうなって思ってると、テーブルに人影が落ちた。


「あら、カナデさん。あなた、まだ誰とも契約してないんですの?」


 うっ、いやな人が来た。


「同期の召喚聖女として、アドバイスを差し上げた方がよろしいかしら?」


 紫色にうねる髪をかきあげるイザベラは、同時期に異世界召喚された聖女だ。私は、まだ契約精霊のいない見習いだけど、彼女は1回目のお見合いで素早く契約して、聖女学校に入学した優等生。そして、今の精霊をキープして、もっとランクの高い精霊を獲得しようとお見合いパーティに参加する、上昇志向の強い聖女でもある。


「アドバイスは必要ないです」


 助言してもらったからって、精霊共感力の低さはどうにもならないよ。

 そっけなく返したら、緑の目をつりあげられた。


「あなた、ちょっと聖力が高いからって、調子にのってらっしゃるんじゃないでしょうね。高望みしすぎたら、いつまでたっても見習いのままですわ。早く聖女学校に入学した方がよくってよ」


 もう、放っておいてよ。なんでいっつも絡んでくるの? 

別に高望みなんてしてないよ。誰でもいいから、早く契約したいって思ってる。

 でもね、意思疎通ができないと無理なんだってば。


 相手をするのも疲れるから、無視して、クッキーを食べていたら、一方的にいろいろ言って去っていった。


 もう、私が気に入らないなら、わざわざ話しかけに来なかったらいいのに。ああ、疲れる。


 でも、本当に精霊と契約できないのは困る。

 異世界から召喚された聖女は、みんな、体力や魔力が低い。

 だから、莫大な量の魔力を持つ精霊に、聖力と引き換えに助けてもらわなきゃ、仕事がないどころか生きるのも難しい。


 私は召喚者の中でも特に魔力が低い。その代わりに、聖力はとても高いから、すぐに契約できると思っていたんだけど……。

 聖力SSS。これを見た召喚庁の職員は記入間違いかと思って何度も確認したそうだ。でも、何度計測してもSSS。

この数値はトラブルになるから絶対誰にも言うなって言われた。

だから、ものすごく聖力が高いのかなって思ってたけど、

もしかして、Sは最高って意味じゃなくて、普通にアルファベットの19番目だったりしないよね? ものすごく低いとか……。


 だって、同期の召喚者は、みんな精霊と契約して、聖女学校の寮へ移って行って、召喚者寮に住むのは私一人になってしまったんだよ。

はぁ。




「おめでとうございます!今日はなんと、2組もカップルが成立しました!4番さんと13番さん。6番さんと11番さんです。拍手!」


 パチパチとまばらな拍手の中、カップルたちは手をつないで嬉しそうに舞台上に立っている。ああ、馬頭の精霊さんもマッチングできたのね。うん、よかったね。かっこいいもんね。頭は馬だけど。


 ふう、今日も契約できなかったよ。また、寮母さんに叱られるんだろうな、って憂鬱な気分で、こっそり裏口から出ようとしていたら、一人の男性にぶつかりそうになった。


 背が高い男の人。光沢のある高級そうな黒いスーツを着こなしている。背中には、一つにまとめたキラキラした長い金色の髪がかかっている。見上げた先にある端正な横顔は、びっくりするぐらいに美しくって、目が離せなくなった。固まったまま見つめてしまうと、長い金色のまつ毛に縁どられた、王者のような黄金の瞳が、私を見た! 息がとまる。


「失礼」


 声をかけられても、指先さえも動かせない。魔法にかかったかのように。


 それが、私と契約精霊シャルとの出会い。

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