第88話 『永田事変』

088 『永田事変』


富士演習場での戦闘はこのような経緯で終了した。

だが、事態はこれで終わったわけではない。


まだ、影野はテロリストのままである。

勿論、偽名のロシア人として生きていくことは可能である。

しかし、そのような殊勝な人間であることを期待する方がばかげている。

彼は、決してそのような人間ではない。

3倍返しを常とする男なのである。


そして、首相官邸に一本の電話が入る。

「首相に変わってもらいたい」

「どちら様ですか」


何故、このような誰も知らない番号に掛かってくるのか?秘書官は思った。

「皆さまのテロリスト、影野真央三佐といえばわかりますか」

「貴様!どうやってこの番号に」

「テロリストだからに決まっているでしょう」あらゆる情報が漏洩しているのだ。


秘書官が目くばせすると、別の係員が何らかのアクションを起こす。

逆探知である。

「無用なことをする意味がありません。探知不可能です。それより、首相に変わっていただけないのですか」

「できるわけがないだろう、貴様」

「なるほど、では、あなたで結構です。そこから外は見えますか?」

「見えるがどうした」

「物言いに気をつけろと言われたことはないですか、それでも公務員といえるのですか」


「誰にものを言っている」高圧的な秘書官。自分が偉いわけでもないのに、虎の威を借りる人間は多いのだ。


「あなたのお名前をお聞きしても良いですか」

「誰が言うか」

「なるほど、まあ、誰でもいいですから、外を見ろ!」

「舐めた口を!」さすがに首相秘書官である。


ガラスの向こうには、黒塗りの自動車が何台か、止まっている。

首相に会うために来た要人の車なのだろう。


その一台が突如爆発したのである。

中に人がいたかどうかもわからなかったが、爆風が、窓を叩く。


「おい、貴様、これで電話を代わる気になったか」電話の向こうから恐ろしい言葉が発せられる。


「返事はどうした、おい」

さらに別の一台の黒塗りが爆発した。


「!」秘書官はあまりのことに言葉も出ない。


「おい、聞いているか?俺は気が短いんだがな、早く代われ。」電話の向こうはイラついている。


「ちょっと待て、」

その時、さらに一台が爆発した。辺りは酷い惨状になっていることだけは分かった。


・・・・・・・・


詳しく調べたところ、自動車は、自らのガソリンが爆発したものであるようだった。

爆薬を取り付けられたものではなかったのである。

爆発事件から1時間が経過している。

大変な状況である。


首相官邸で、自動車3台が爆破されたのである。

テレビカメラが集結している感がすごい。

上空には、ヘリが何台も飛び交っている。


電話が鳴る。

「首相に代われ、私だ」

「影野か!」

「名前を名乗れ、先ほどの無礼な男の名前はなんだ、神田か浜松か?」

「神田だ」

「代われ、もう2、3台燃やすか?場所を指定してくれたら、民自党の本部でもいいぞ」

「少し待て、代わる」


「首相の大塚だ。一体何が目的だ。」

「取引だ、私の名誉を挽回してほしいのだ、テロリストとして生きるのは問題ないのだが、何かと不便を感じるのでね」今やったことこそ、テロではなかろうか。


「取引とは」

「君の個人的な、違法献金の証拠はつかんでいる。それにほかの閣僚たちの隠し財産などもすべて把握しているつもりだ。それらを抹消してもよい。それらをしない代わりに、私の無実を証明してほしいのだ」


車には幸い誰も乗っていなかったが、爆発の破片で怪我をした人間が複数いる。器物損壊、殺人未遂、脅迫など有罪は確定的だ。


「君が仕掛けた事件で今日も、すでに数名が怪我をしているのだぞ」

「死者が出なくてよかったね、ただそれは、神田の対応がわるかったからだろう。私に言うのは筋違いだ、それに、今までのことも知っているだろう、私の怒りはそれほどで納まるものではないのだが、君にはわからないのかね」

富士演習場での惨劇は、公表されていない。あまりにも酷い状態だったからである。


「貴様というやつは!」

「勘違いしてらっては困る、君らのやっていることも私とあまり変わらないのではないのかね、罪は罪だろう、それに悪人の片棒を担ぐ人間が死んだとて、私は何も困ったりしないのだが」と影野は嘲笑う。

「貴様というやつは」首相の受話器をつかむ手が怒りで震える。



・・・・・・・・・・・・・・


取引が闇の中で行われた。

こうして、一連の『永田事変』は集結した。


『永田事変』とは、自衛隊の将官永田陸将が起こした国家転覆未遂事件である。

陸上自衛隊の精鋭部隊を巻き込んだこの事変には、多くの将兵が関与していた。

アブダクティッドの解放を成功させたSACTの隊員、SOG部隊の上杉以下数名が、この事変を解決に導いた。


永田陸将は、SACTが回収した異世界の金塊を元手に、仲間を集め蹶起を謀ろうと画策し、上杉達がそれを未然に防ぎ解決したということになった。


その中で、市ヶ谷爆弾テロで犯人とされた影野3佐だが、実は無実であり、テロ事件の首謀者は、永田陸将であることが、その後閲覧可能となった映像ではっきりとする。

永田陸将は、テロ事件を自ら興し、国防に関する危機感を誘発し、精鋭部隊を抱き込んだのである。


そして、米軍基地から大量の武器を奪取し、それを使いさらなるテロを起こし、この国に軍事クーデターを起こそうとしていたのである。


米軍から奪取した武器は、横浜市内にある倉庫から、発見された。

武器弾薬は、その後米軍に返還されている。


永田陸将と精鋭部隊は、富士演習場において、SOG隊員と戦闘を行い、少数ながらも、勇敢にたたかった異世界帰りのSOG隊員が勝利を収めたのである。


永田陸将以下、このクーデター計画に参画したもの達のほとんどは、先の富士演習場での戦闘で死亡している。


上杉、武田、毛利、浅井がこの戦いで活躍したことになっている。

テロリストとして、日本中に指名手配されていた影野は、無実であったことが大大的に報道された。


こうして、平和ぼけな日本を転覆させようとしていたクーデター計画は水泡と帰したのである。


と新聞やテレビでは、華々しく報道された。

本当か嘘か、それは報道された回数による。

流せば流すだけそれは真実になっていく。

一市民に真実を知ることなどできるはずがないのだ。


国家的英雄、上杉達は、2段階特進で昇進した。

一方無実の罪で追い回された、影野三佐は、心労から除隊したという。


こうして、『永田事変』は確定した真実となった。

負けるとはこういうことなのだ、『死人に口なし』とはよく言ったものである。


これらが取引の内容であり、『永田事変』は終結したのであった。



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