第86話 切り札

086 切り札


流石の元勇者永田も追い詰められていた。

何度も異世界渡りを行い、修行を行い、さらに魔力を蓄積してきた実は元勇者だった影野。

彼は、人を陥れるために、自称『大魔導師』と語っていたのだ。

なんという狡賢い奴め!


前回の戦いでは、魔導師というよりもモンクのように肉弾戦ばかり仕掛けてきたため、まさかとはおもっていたのだが・・・。


前回は、撃退できたが、逃がしてしまった。

こんなことなら、自身も棺桶で異世界に渡った方がよかったかもしれない。

後悔の念がにじむ。


だが、それは叶わぬことである。

異世界渡りの棺桶の設計は、影野が行っている。

下手に使えばどうなったかわからない。

そもそも、元の世界にどのように帰還できるかもわからない。


吹き飛ばされた右腕が生え始めている。

正に、何かの宇宙生物のような生命力の強さと復元力。

だが、そのために確実にエネルギーが消費されていく。

これでは、腕が生え変わっても、戦って勝つことは不可能だ。


もはや、最後の切り札しか残されていないのか!

もはや、恥ずかしいとか、汚いなどと言っていられないところまで追い詰められていた。


ズカズカと影野が歩いてくる。

既に、決着はついたなという風に。


「待て!お前は負けているのだ」永田が影野に叫ぶ。

「まだ、負けてはいないがな」と影野。

「貴様の負けだ、チェーニ・ベドベーチェ!」

流石に、写真週刊誌にでてしまったのでばれてしまっていたのだ。


「ほう!さすがに日本の防諜機関もなかなかやるな」

いやいや、ただ単に、週刊誌を見ただけだった。

というか、指名手配犯が銀座などうろつくなと言いたい。


「そうだ、貴様のロシア人妻はすでに確保されている」

「なんだと!」


予想外の答えだった。

一台のハンヴィーが入ってくる。

そして、降ろされる人質。金髪碧眼美女。ユーコ・メドベーチェ。

人質を連れてきたのは、永田の部下の上野。拳銃を突き付けている。

非常に危険な状態だ。


「それで?」

「強がりを言っても無駄だ、彼女を死なせたくなければ、おとなしく武器を捨てろ」

だが、その言葉にはどれほどの意味があったのだろう。

人間兵器な男に、手に持った武器を捨てさせることにどのような意味があるのか。


「仲間の狙撃手に妙な動きをさせるなよ、全員投降させろ」


ユーコ・メドベーチェは、都内の産婦人科病院に入院していた。

そして、今日そのまま人質として連れてこられたのである。


永田は、勝つつもりであったが、上野は違った。もうこれ以上被害を受けるつもりはない、絶対にここで排除せねばならないと主張した。

案の定、永田は押されていた。

やはり、私の方が優れている。

上野は永田に冷たい視線を送っている。もう、こいつの派閥はやめる。上野の決意が視線に感じられる。


「永田陸将、早くそいつに、我々の口座の解除を解除させてください」

何だか、よくわからない言葉だが、上野には、口座封鎖は相当効いたのだろう。


永田は、救国の英雄(テロ事件で犯人一味を撃退したという理由)として、陸将に昇進していた。


そんな永田は近ごろの上野の態度に苛立ちを感じていた。

「ユーコは妊娠しているんだぞ」そのユーコは、上野に銃を向けられている。

そうユーコは、影野の子を宿している。

主に、ユーコがそう仕向けたのである。

魔獣は、より強い子を残そうとする本能を持っている。

影野は逃げられなかった。色々な意味で。


「子を助けてやるから、お前はいうことを聞けということだ」

「危険だからやめろ」影野の声はいつもの余裕を失わせている。

作戦は成功だ。上野は内心で快哉をさけんだ。


「そう、妊娠中に無理はいかん、精神的に過度なストレスを与えてもいかん」と永田。

「本当に危険なんだ!」

「いいぞ、影野。貴様のそんな叫びを聞いて少し溜飲がさがる思いだ」と永田。


「見たくない!絶対に見たくなんだ!」

「だから、早くいうことを聞け、部下に、ハッキングを辞めさせろ、引き金を引くぞ」

「頼む!やめてくれ!」影野は縋るような視線をユウコに向ける。


「ハハハ、ざまあないな影野!」上野がそういった。

その時、上野は妖気を感じた。

隣にとてつもない、何かがいた。


「やめろ~!」

影野の悲痛な叫びが聞こえる。

しかし、その巨大な白熊は、上野の頭にかぶりついた。

「ユーコ!ぺエしなさい」


グシャリ。

グシャリ。

グシャリ。


首のない、上野は、ドサリと倒れた。

周囲が真っ赤に染まっていく。


妊娠中の猛獣に近づいてはならない。

とても危険なのだ。

そして、夫たる影野は、精神的な大打撃を受け、今後眠るたびにその光景を思い出すことになる。


そして、さすがの勇者すら心を完全に持っていかれていた。

その油断が死を招く。

白熊の突進を受け損ねた。

右腕が、鎧ごと食いちぎられていた。

勇者の鎧も何のその、その噛む力は、簡単に鎧を噛みつぶした。

「グワーッ」永田は弾き飛ばされる。


そして、その場所は、当初からの選定地。

そもそも、勇者永田をこの場所に誘導する作戦だった。

しかし、戦闘は影野有利で進んだので、作戦は実行されなかったのだ。

だが、今、勇者永田はその地点にいた。

何の代り映えもしない、黒い土地である。だが、それは目標地点アルファだ。


その土地の遥か上空には、衛星が存在した。

空を見上げていたら、見ることができたかもしれない。それが光るのを。


正に光速のレーザー砲が、永田を撃つ。


バカッ!永田の頭と体が爆発した。

レーザー砲の攻撃により体内の水分が一瞬で沸点に達し、蒸気となり膨張し破裂したのである。


勇者永田を抹殺するために、衛星軌道上の廃棄軍事衛星を修理活用したのである。

そして、今や衛星軌道には、それらの衛星が多数存在している。


これらの作戦行動は、ある種の生命体が成し遂げた偉業である。


ある種の生命体とは。

異世界用語でいえばホモンクルスである。

アンナさんらは、そのホモンクルスである。簡単に言うと生物兵器である。


そして、ロケットの荷室に乗せられた人型でないホモンクルス(餅のようなもの)は、宇宙空間を漂いながら、衛星に付着し、修理して回ったのである。



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