第84話 決戦Ⅱ

084 決戦Ⅱ


完全西洋鎧の勇者、永田は面だけ外した状態で、黒い火山台地に立っている。

太陽は隠れ、いますぐにでも泣き出しそうな曇り空である。


時間を過ぎても、敵はやってこない。

そもそも、簡単に入り込むことはできないように、周囲には金網などが張り巡らされている。

彼の周囲には、赤外線などの観測装置から潜んでいる人間がいないことは、確認されている。


人間らしき熱源が確認されていないということだ。


監視、護衛には、自衛隊第1師団が全面協力している。

勇者永田の最期の切り札である。


周囲にスナイパーが配置され、影野およびその仲間が出てくれば狙撃する手はずになっている。


遥か遠くで爆発が発生する。

金網を吹っ飛ばした爆発である。


「来るぞ」インカムに声が入る。


風のように疾走する影。軽功を駆使して走る影野。

スナイパーは、照準を合わせることができない。

高速物体を狙撃する訓練などないのだ。スコープの倍率が高いほど可視範囲は狭くなるのだ。


影野が、永田の手前100mで止まる。

「撃て!」

スナイパー5人が狙撃する。

絶対必中の距離である。


グニャリと影野が体を捻る。

弾丸は空を切る。どこかの映画を彷彿とさせる動き。

既に人外の動きである。


その時、別の発砲音が場内に響く。

スナイパー5人が死んだ。

いつの間にか、練習場内に敵が潜んでいた。

赤外線レンジでの捜査では発見できなかったが、紛れ込んでいたのだ。


彼らを瞬時に始末したのは、アイナ(2号)、アスナ(3号)、アキナ(4号)である。

彼女らは、人間ではない(形は人間そのもの)ので、人間のような発熱の形態はしていない。

だから、探しても、人間のようには発見できない。


「さあて、最後に言っておくことはないか、参事殿」

「お前こそ、勇者を倒せると思わないことだ」


「あんた、まだ気づいてないの?」

「何がだ」


「魔道師が、体術なんかするとでも思ってるの?」

「さあな、魔導師のことなど儂は知らん」


「俺は、自称魔導師だったけど、本当は、あんたと同じ、元勇者なんだよ、面倒くさいので、魔導師に勇者役を引き継いで、帰ってきたんだがな」と影野が真実を語りだす。


「なるほど、そういうことか、異常に強いはずだ」

「余裕あるね」


「無論だ、私こそ、真正勇者だからな、貴様のような軟弱勇者などに負けるわけがない」

「そうかい、資金を封じられて相当堪えてるんじゃないの?」


「貴様をぶち殺して、もとに戻すだけだ」

「俺をぶち殺しても、永久に変わらないと思うけど、別の人間が今この瞬間も操作しているからな」


「では、そいつも見つけ出してぶち殺す」それはおそらく不可能に違いない。

「なるほど、さすが勇者だね。飛んだ脳筋ぶりだ」


永田は、大剣を振りかぶる。

影野は、九十九刀を抜く。


ドンドン、対物ライフル発射の轟音が響く。

永田が瞬時に魔法結界を張る。

チンチンと弾がはじかれる。


「勇者の無敵結界を破ること能わず」

だが、連続発射音が響く。

チ~ンと今度は、鎧が弾をはじいた。


恐るべき射撃が、結界を押し破った。

正確無比な射撃が、同じ場所に命中し、2発目がそれをすり抜けたのだ。

しかし、勇者の鎧は、対物ライフルの弾をはじいたのである。


永田は、面をつける。

常識外の射撃能力を恐れたのである。

今の命中箇所が顔なら、半分持っていかれるところだった。


「どこまでも非常識な奴らよ」

ついに、永田は剣を振るい始める。

眼にも見えない斬撃が、影野を襲い、影野もそれを間一髪で躱しながら、斬撃を送り込む。

青い魔刃が美しいシルエットを作り出す。


剣が撃ち合わされれば火花がちり、鎧に刀が当たれば、火花が散る。

勇者の鎧は非常に強力だ。


だが、剣での戦いは、非常識な剣法の掌門のほうがやはり優れている。

勇者は、基本我流である。とてつもない才能で攻撃しているだけだ。

しかし、影野の方は、無理やり稽古をつけられた剣法として洗練されたものである。


富士の訓練場に剣戟の音が吸い込まれていく。


勇者永田はかつて経験したことのないほど追い込まれていた。

彼は、異世界で暴れ回ったが、人間相手にここまで追い詰められた経験がない。

だが、勇者の大剣は、ついに九十九刀を折ることに成功する。

流石に、刀と大剣では、分が悪いということだろう。

勇者鎧は傷だらけだが。


「もらったあ~」永田は叫んで大剣を振るう。

影野がぶれるように動いたかと思うと、距離を取って立っている。


そして、空間から、又も九十九刀を取り出す。

彼の刀は、異次元に帰還するとナノマシンが修復してくれる。

だが、今取り出したのは、第1番九十九里浜である。

夕焼けのような刃色が美しい、逸品である。

永久欠番の1番を使えるようにセットアップしてもらっていたのである。

嘗て1番を使っていた男は、宇宙のかなたに飛び去って久しい。


「残念だが、代わりの刀があるんだよ」

影野が皮肉な笑みを浮かべている。

影野が獰猛に吠えて、刀を振るい始める。

それは、赤く燃えるような魔刃であり、当たれば火が付き相手を燃やし尽くす。


防戦一方の勇者永田、やはり往年のようにはいかない。

彼は、ずっとのうのうと暮らしてきたからだ。

しかも、不利を補うはずのチームは、壊滅させられていた。


一方、影野は次々と異界に渡り、そのたびに、ギフト効果でスキルを得て、能力も挙げていた。実はここの差が非常に大きかった。


ただでさえバカ高い影野の能力がさらに高まっていたのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る