第83話 変質

083 変質


上杉、武田、毛利、浅井。

彼らは、高級タワーマンションで優雅な日々を送っていた。

それこそ、優雅すぎて自分たちが脱獄者であることを忘れるくらいに。

彼らの指名手配写真もすでに、かなり的外れな顔になっている。

残念ながら、すでにその写真では逮捕されないレベルまで変質していた。

これらは、何者かによるサイバー攻撃のためである。


さらに言うと警視庁ももう躍起になって活動していない。

活動資金の提供が無くなったため、日常業務に戻り始めていたのである。

そもそも、彼らは通常でも忙しいのである。

無理もない話だった。


そして、彼ら(上杉達)は米国人だ。

本物のパスポートを持っている。

昔の手配写真に、顔こそ似ているが全くの別人である。


「師父、ところで北畠はどうなっているのでしょうか」上杉は隊長である。

部下の事を気に掛ける良い隊長なのだ。

「ふむ、実はな」

やはり抹殺したな!上杉はそう考えた。

「奴の傷は案外深かったのだ。傷口から、菌が入ったようでな、今は治療中だ。」

北畠は今、例の倉庫に送られている。

そこで修理されているのである。

修理ではない?そう、治療されているのだ。


「しかし、お前が心配するようなことはない。俺もさすがに弟子を簡単には殺せんよ」

簡単には殺さないが、必要ならいつでも殺すと解釈できる文脈ではある。


「ところでな、最終決戦が近づいている、お前たちは、自衛隊員を殺せんだろう?」

実に簡単に聞いてくる。

「はい、残念ながらそのようなことであれば師父をお止めしたいのですが」

「上杉、私は、銃を向けてくる奴まで助けるつもりはないのだ」

「・・・」


「幸いにして、奴らの派閥は相当疲弊し、奴に手を貸す愚か者もかなり減ったであろうから、ある意味期待はしているが、手を貸すような愚か者は誅殺せねばならん」

「・・・」

「合衆国に渡ったらどうだ。お前たちのパスポートはまさしく本物だ。お前たちの故国は合衆国だ」


「いえ、師父の行く末を見守ることこそ、弟子の務めです」

「そうか、では、もう少し休んでおれ。おそらく街に出ても、問題ないだろうが、気をつけろよ」

「ありがとうございます」

今のかれらには、十分な金があり、生活していくことができる。

上杉と武田の家族に至っては米国に避難したが、子供に英語教育を施したかったらしく、それをかなえることができたと逆に喜んでいる。


そして、今、巷で大流行のミッシングコインを売れば、簡単に億という金が手に入る。

流石に、一気に何百枚も放出すれば、価格は暴落するだろうが。

コイン収集家は、この謎のコインを手放しで絶賛している。

描かれている龍や国王、紋章など様々だが、魔法技術で製造されているため極めて美しい仕上がりなのだ。

このコインをもっていないと、一流の収集家とは言えない。という風潮が起こりつつあるくらいだった。


「しかし、我々は師父の策略に踊らされたとはいえ、殺人者なのですが」

「ハハハ、そんなもの後でどうとでもしてやろう。そもそも、俺がテロリストにさせられているのだから、適当に、ごまかせばよいのだ」

「そんな簡単にはいかないでしょう」

「そうか?今のこの世界はすべてをコンピュータに頼っているのだ、そこにあるデータをすり替えればあらゆるものが間違った方向に向かうのだ。恣意的にそちらに誘導することなど動作もない」

彼らは、この世界の裏で進行するあらゆるコンピュータに対するハッキングの事を知らない。


例えば、事件の物証があるとする。

しかし、その物証はものであるため、記録せねばならない。

その記録には、誰のもなど、現場のどこにあった、などの情報が書き連ねられている。

既に、それはデータとなっている。

刑事は、データを見る。

しかし、そのデータを改ざんすれば、もはやそれは事件に関与する証拠とはかけ離れた存在にならざるを得ない。


聞き込み情報でも証言者Aが「・・・・です」こういったとデータを作る。

しかし、それはいつの間にか「・・・・ではなかった」と書き換えられるのである。

もはや、こうなると手が付けられなくなる。


そして、今やこれらのデータ保存場所は、全てがこの調子で交換されていく。

このような現実に直面した人間は、この世界は本当に、本当の事を言っているのかすら怪しく思うに違いない。


真実などいかようにも書き換えられる。

そこには、もはや真実などない。恣意的な記述、誘導する文章、映像のみが存在する。

全てが、虚飾の世界がそこに存在するのみである。


テロリスト影野の顔は別人の顔写真になり、証拠もどんどんと劣化していく。

協力者の殺人犯の顔写真、経歴、特徴もどんどん劣化していく。

ネットの世界では、デジタルタトゥーとしてずっと残るといわれているが、それが本物かどうかなど誰にもわからなくなるのだ。いつの間にか、真実が噂へと変質していくのである。


真実はいつの間にか都市伝説のように、意味不明に伝播し歪んでいく。

電子の魔術師に掛かれば、何とでもなる。

今、容疑者の写真はすでに、永田参事官の顔写真を目指して変化しつつあるといっても過言ではない。


そして、永田の業務用パソコンに、一通のメールが届く。



永田参事殿


決闘について

標記について、下記により、実施することとなりましたので、出席方お願いします。

なお、現場への随行者に関しましては、その生死に当方は、責任を負わないことをあらかじめ申し上げておきます。


日時 〇月〇日10:00より

場所 静岡県東富士練習場


メールの送り主は、無実の罪を被せられた影野。

となっていた。


それは事務官僚がかくような文書であった。


いよいよ、決戦のときが近づいていた。


「影野め、今度こそ絶対に息の根を止めてやる」永田参事官は、すっていた煙草を、灰皿に押しつぶした。



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