第67話 推定無罪
067 推定無罪
「参事官、少しよろしいですか。」
「なんだ」
「実は、例の男から映像が取り出せないのです。というか、引っ掛かる装置がありません。CT画像でも装置の存在を確認できませんでした」
「なんだと!そんな馬鹿なことが有るものか、もう一度、アクセスを試みろ」
「しかし」
「馬鹿者、もう一度確認せよ」
「は!」
防衛医大病院の一室。
影野は隔離され検査を受けている。
完全麻酔の為に、意識を失っている状態である。
何度も、頭にはめられたヘッドギアがいじられているが、受信装置を探りあてることができない。
そして、精密CT画像でも、右目に埋め込まれているはずの微細な装置の姿を発見することができないのである。
事ここに至っては、無いとしか結論できないのであった。
医療技官は、その旨を再度、参事官に伝える。
「クソ、どんな魔法を使いやがった」
参事官は、テーブルを蹴り飛ばした。
これでは、米軍基地武器窃盗事件を証明することができない。
絶対に犯人は影野なのは間違いない。
防犯カメラに映った映像では、重力を無視するかのように、フェンスを飛び越えるような人間は、彼しかいないのだ。
だが、物的証拠となるものはその映像くらいしかない。
現場には、犯人のDNAを検出できるような物証は何もない。
そもそも、倉庫を空にできるようなことを出来る人間がこの日本にいるはずもない。
『アイテムボックス』持ちにしかできない芸当なのだ。
そして、参事官の知るそのスキル持ちは、影野しかいないのだ。
・・・・・・・
「どうですか、証拠などなかったでしょう、早くこれを外してください。人権侵害で、訴えますよ」
「どんな、魔法を使った。貴様」
「おいおい、参事どの、貴様呼ばわりは随分ですね。今度はパワハラで監察に訴えればいいのですか」と影野はあざけるような態度で応じる。
「お前!」
「証拠不十分どころか、そもそも、重要参考人だっただけだろうが、早く、外しやがれ!」
さすがに、この日本でも証拠がなければ、逮捕状は出ない。
「警務官による事情聴取を行う」
「証拠もないくせにまだやるのか、貴様、俺を怒らすのも大概にしておけよ」
「その口調はなんだ、上官に向かって」
「部下を無実の罪で逮捕させようとしている上官などくそくらえだ」
「貴様!」
アクリル壁の向こうとこちらで、二人の闘気が立ち昇る。
「必ず後悔させてやる」
「あんたが後悔しないといいがな」
「勇者を舐めるなよ」
「ははは、大魔導師は伊達じゃない」
・・・・・・・
「影野三佐には、窃盗の容疑が掛かっています。かってに外国に行くなどの行為は禁じられています。常に、住居におられるように願います、警務官による事情聴取の日程が決まり次第、連絡します。常に携帯電話を所持されるようにお願いします。」
「職場に行かなくてもいいのですか」
「はい、一応容疑者ですので、出勤は必要ありません」
「そうですか、では、連絡をお待ちしております」
「そのGPS発信機で居場所を確認しておりますので、外さないようにお願いします」
「ここまで、コケにされて、損害賠償で訴えてもいいですか」
「私にそのように言われましても、訴える権利は国民にはありますので、ご自由かと考えます」
こうして、条件付きで娑婆にでた俺は、ぶらぶらと歩く。
きちんと尾行されている。
大丈夫だ、逃げたりしない。
しかし、少し邪魔だ。
色々とこちらもプライベートがあるのだ。
「すまんが、君たち、尾行をやめてくれないか」
角を曲がると、慌てて、尾行者が現れたのだ。
「わかりました」
実に素直でよろしい。
「では、頼んだぞ」
「わかりました」
ようやく、様々な用事を済ませ帰宅する。
すると、例の事務的な男から電話があった。
「在宅の確認の電話をさせていただきました」
「ああ、キチンと家に帰ってきたよ、逃げたりしていない」
「決して、逃げたりしないでくださいね。不利になりますよ」
「不利っていうが、何もしていないのにな。あんたが、参事の仲間じゃなければいいと思っているよ」
「私も、武器盗難事件が無ければ何もしなくてもよかったのですが」
「同情するよ」
「では」
「ああ」
電話は切れた。
数日間、尾行はなされたが、お願いしたらやめてくれたので、様々な用事をこなしていく。
人には知られたくないことの一つや二つはあるものなのだ。
そして、事情聴取の日程が決まり、その日がやってくる。
晴れて、無罪を勝ち取ろう。
たとえ誰もが、俺を犯人呼ばわりしても、証拠がないのだから犯罪を立証することはできず、無罪なのだ。
そう、証拠などないのだから。推定無罪なのだよ、参事殿。
影野は空に向かって嘯いてみせた。
曇った空は、影野が極めてグレーであることを暗示しているかのようだった。
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