第53話 山脈越え

053 山脈越え


ついに、その時がやってきた。

今や真冬の真盛り、山脈の交通路は積雪により断絶していた。

そして、予定通り、その山脈を越えようとする愚か者たち。


「本当にいかれるのですか」村長の顔は青ざめている。

遭難死体を処理するのは彼らなのだ。やめてほしいのですがというオーラが放射されている。

「本当に行くのですか、師父」上杉も、かつて陸軍で起こった事件を警戒している。

きっとそれよりもはるかに気象条件は厳しいに違いない。


問題はない、つい先日、先に王都まで行ってきた。場所も確認済みだ。

勿論、そんなことは言わない。

厳しい精神力を磨くためには、追い込みが必要なのだ。


生と死の狭間にこそ、境地が存在するのだ。ええ、もうそれは結構?


因みに熊子は、そうかの一言で済んだ。

山脈に巣くう金色の死神にとってそのような瑣末さまつなことは、話し合うような中身ではないのだ。


白熊の毛皮コートはできており、非常に楽に超えてしまいそうだった。

もっと、こうホワイトアウトに閉ざされて、絶望的な強敵が現れるとかないのだろうか。

え、金色の死神が山脈最高の殺し屋?

そんなはずはないはず。『神は我らを見捨てたか!』的な場面が起こるに違いない。


だが、そのような妄想が現実になるはずもなく、簡単に山脈越えは成された。

そのために、地獄のような苛め的訓練を行ってきたのである。


それに、そのパーティーには、決定的に魔獣が近寄らない原因があった。

最凶の魔物がそこにいるのに、襲撃する馬鹿はいない。

魔獣は自分の力と相手の力量を測る。圧倒的な強者、相手に喧嘩するような馬鹿者は長生きできないのだ。


影野は、ラッセルの人間が、魔力で作った道をあとから歩いていくのみ。

遅いな。

寒いのに早く、王都までの道を作れよ!

弟子たちは、必死に、道を作っていく。


夕暮れが近づいてくる。

さすがに真冬、日の出とともに出発しても、なかなかに難しいのだ。

「夕暮れか、では弟子たちは、明日にでも王都に来なさい、儂は、少し先に行くからな」

雪の中で泊まるとか勘弁してほしい。俺は、レンジャー記章をもっていないのだから。キャンプは、慣れたもの達が楽しめばよいのだ。

「では、私がお供します」決して、熊子は俺を逃がさないつもりらしい。

振り切ってやる。


功夫には、『軽功』というものがある。

これは功力を素早さに変換して素早く動いたり、ジャンプしたりするというものである。


新雪に沈みもせず、あっという間に走り出す。

熊子は、爆発的に雪を吹き飛ばしてついてくる。

やはり、逃す気はないようだ。

彼女の前には道はない、しかし彼女の後ろには、道ができる。


王都の門は、閉門時間が決まっている。

日の入りがそれである。


門の守衛は見た。

爆発的に何かが近づいてくる。

将に怪異である。

雪が爆発している。


熊子は最後の方では、軽功すら身につけ始めた。恐るべきセンス。魔獣恐るべし。

「私は、冒険者だ」

「冒険者の妻です」

「はあ、はあ、はあ、冒険者の弟子の冒険者です」

あからさまに怪しげなグループが閉門時間ギリギリでやってきた。


この時期、山脈側に位置する門を通行するものは珍しい。

ほとんどないといってよい。山側に狩りに行く猟師程度しかないのだ。

「まさか、山を越えてきたとか、いわないだろうな」

「うむ、まさに、越えてきた、これが冒険者証だ」

クラスA、すでに圧倒的戦果でクラスAにまで登り詰めていた。

クラスAともなれば、色々と優遇される存在である。

圧倒的な腕前は、騎士に匹敵するとされている。

故に、騎士に引き抜かれることも多い。


騎士は騎士爵と呼ばれ、一応、貴族の端くれとなる。

しかし、所領を持たない彼らは、もっと上の貴族に使えるか、国家の軍隊に所属するしかない。いわゆる騎士団である。

騎士団には、騎士と従兵が存在し、皆が言うところの騎士団の兵士とはほとんどが従兵であり、これは、軍の学校をでた庶民の息子たちがなるものである。

騎士とは明確に差が存在する。

簡単にいうと、騎士は馬に乗るが、従兵は歩兵である。

もっとも、従兵でも、相当の腕前があれば、騎士に叙任されるわけではある。


所謂貴族の息子の次男三男など、後をつげない者たちは、蔭位の制度で、騎士からスタートできる。

階級社会とはそういうものである。

門衛も騎士団所属の従兵である。


「失礼しました。ご苦労様です」さすがに圧倒的な業前を有するもの達に偉そうにいう訳にもいかず。敬礼する門衛。


「では、通るぞ」

「はい、ご署名をいただきます」


サラサラと字を書く影野。

シャドウと書かれている、その横に、シャドウ妻ユウコ、弟子ウエスギ、弟子タケダと並んでいく。

本当に、それでよいのだろうか?

しかし、門衛は何も言わなかった。それでよかったのだろう。

しかし、私は、いつ結婚したのだろうか。

わからない。ワカラナイ。

覚えていない。


きっと記憶が混乱しているのだろう。

そうに違いない。



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