異世界帰りの『自称大魔導師』は惰眠を貪りたい。

第50話 飛刃

050　飛刃

光の刃が、浅井に向かって飛んでくる。

全てがゆっくりと見える。

浅井は逃げることもできずそれを見ているしかなかった。

金色の熊は、魔術をした行使した。

虚をつかれた浅井には、逃げることはできなかった。

魔刃と同じような原理で発せられた遠隔攻撃である。

レベルの高い魔獣には、魔術を使うことができるものもいる。

異世界の常識だったが、勿論、日本では常識ではない。

「いかん！」上杉と武田は叫んだが、とても間に合う場所にはいなかった。

それに、助けに行くことは背を見せることであり、まさに、熊にとっては、絶好の攻撃機会となる。

それは、隊の全滅と同義である。

飛刃が浅井に直撃した。

と思われたが、それは、切り飛ばされた。

影野がその横に立っていた。

「愚か者が！逃げる準備ぐらいなぜしておらん」

スナイパーは数発も撃てば別の場所に移動するのは当たり前のことなのだ。

そこに、油断があったことは間違いない。

拳骨がヘルメットを殴りつける。

「何をもたついている、早く片付けるのだ」それは、師匠としての威厳を伴っていた。

彼ら全員がほっとしていた。

全員の抹殺計画ではなかったことがわかったからだ。

武田の魔刃の威力が研ぎ澄まされる。

北畠の魔刃の威力が研ぎ澄まされる。

金熊の死の腕を潜り抜けながら、彼らは、一種の境地に向かいつつあった。

生と死が隣合わせの戦闘は彼らを高みに導くのだ。

ついに、武田の剣が熊の腕を切り飛ばす。

猛烈な悲鳴が上がる。

そして、北畠の剣が、反対側の腕を切り飛ばす。

効率化と純化が進んだ魔刃が金熊の防御を突破したのであろう。

上杉の剣が、熊の背中に大きな傷をつける。

浅井は、対物ライフルを発射した。

その弾丸は、魔刃を載せて熊の心臓に直進する。

彼は、魔刃ならぬ『魔弾』を編み出したのだ。

「グギャン」熊が痙攣した。

そして、ついに倒れる。

「とどめ！」上杉が叫ぶ。

武田が剣を掲げる。

心臓を一突きにせんと構える。

すでに、金熊は瀕死の状態だった。

両腕を切り落とされ、心臓には、同じ場所に何発も撃ち込まれていた、一番先の銃弾が、心臓に達してしまった。それだけ、浅井の射撃は精確だったのだ。

金熊250年、下天のうちをくらぶれば・・・。

熊の眼に魔刃が光って見えた。

武田がとどめを刺すその時、彼は突き飛ばされる。

「何！」

数ｍもつき転がされていた。

このようなことを可能な人間は一人しかいない。

影野が立っていた。

「師父、一体何をなさるつもりか」

「ははは、勿論テイム実験に決まっておるだろうが」

武田は、剣を構える。

「すまんが、遊んでいる暇はない、もうこの熊はしぬ。邪魔をすれば殺す」

金熊よりも数倍強い殺気。やはりこいつこそが人類の敵なのではないか。

しかし、足が縫い付けられたように動かない。なんという威圧の力だ。

影野は、死にかけた熊の心臓から銃弾を摘出する。

破壊された心臓に治癒を掛ける。

そうしながらも、心臓に手を突っ込み、そこにある魔石を引き抜き、用意していた魔石を代わりに置いてくる。

なんという、外科手術。

死んでもおかしくないことを簡単にやっているが、金熊の生命力は簡単に尽きたりしないので、このような無茶苦茶をできるのである。

残念ながら、残された時間では、白霊魔石を使ったテイム方法はわからなかったのである。

影野は山脈を越え王都に向かい、王立図書館で調べたり、王都のテイマーに丁寧に聞いたりしたのだが、その方法は、白霊の魔石を使う方法は、この地方独自の方法であったらしく詳細は不明だったのだ。

だが、一般的テイム方法自体は割と簡単であり、弱らせて、餌（この場合は魔石）与えて馴致させるというものだった。しかし、スキルを持たないものがやってもほとんど成功しないらしい。

恐らく、白霊魔石はそのスキルの代わりの力を発揮するのではないか、そう踏んだのである。

こうして、この無茶苦茶な外科手術が行われた。

心臓内の魔石交換など、できる人間はいない。

しかし、たぐい稀な生命力の金熊はその強引な手法に耐えた。

切り飛ばされた腕も治癒魔法により、接着される。

意識のない、熊を引きずりながら、熊の巣穴を目指す。

この熊は、決してこの場所から遠ざかることはなかった。

つまり、巣穴がこの近くにあり、そこになにかがあるため動かないのだ。

そもそも、高位の魔獣は、飲み食いを必要としない。

魔力さえあれば生きていけるのだ。

恐らく、魔力の潤沢な場所を巣穴にしているのである。

今は、ひどく魔力を消耗しているため、それを補給してやる必要があると判断したのだ。

SOG隊員たちには、解散を命じ、影野は巣穴を探し、そこに熊を連れていく。

「なるほど、ここは譲れぬな」

洞穴の中であったが、そこには、魔晶石の石柱が何本も突き出ているような場所だった。

魔晶石という物は、魔力を結晶化させた石である。

魔石は、魔獣の中に発生する石である。

魔晶石は非常に希少で高価である。

熊は、ここで生活することで、金熊になったのであろう。

影野は辺りを見回すと、やっぱり金貨などが入った袋などを発見する。

それは、金熊討伐の冒険者たちのものであろうことはわかった。

倒した冒険者たちの遺物がたくさん残されていた。

それだけでこの金熊が恐るべき存在であることは推論できた。

「さて、テイムはうまくいくのやら」

影野は一人ごちた。

魔獣のテイム、あくまでも浪漫を求めて生きる男なのである。

それが、人類にとって災厄級の魔獣であろうとも。