第46話 熊鍋
046 熊鍋
もうだめだ!熊の巨大な掌が飛んでくる。
北畠は観念した。
だが、その手は止まる。
影野が間に入ってきてそれを受け止めた。
そして、熊の心臓に手が置かれる。
掌が光る。
これぞ、砕心掌。
心臓を砕かれた魔獣はドスンと倒れた。
「北畠、貴様の偽功夫は、魔力が起源なのだ。魔力が無ければ役には立たん」
「師父!」その時ばかりは、演技の必要はなかった。涙を流して、影野に縋りついた。
死体をアイテムボックスに入れる影野。
「よいか、お前たちは強くなったとはいえ、このような場合は良く起こるのだ。体内に魔力を常に蓄える術を持たねばならんのだ」
彼らは、滝つぼ修行でほとんど魔力を空にしていたのである。
故に、砕心掌は威力が全くなかったということである。
その夜、彼らの泊まる家では、熊鍋が行われた。
「熊肉には、魔力が含まれている。このような食材を常に食い、自分の筋肉、皮膚、血管、血液に魔力を含ませるのだ」
これは、九宮八卦北斗神功の秘奥の一つである。
当然、口外無用の秘奥である。
「この肉がうまく感じるなら、お前達にはそれが可能だ」
熊肉は非常にうまかった。それは、その中に、魔力が含まれているためであった。
こうして、食事改革と頑身功のさらなる厳しい修行が行われる。
「早速、豹と熊を狩ってくださいましてありがとうございます」
「問題ない」
熊肉は、村人にも振舞われる。こちらの世界の人間はもともと、体内に魔力を保有しているため、熊肉のように、濃い魔力を含んだ肉は最高級品となる。
簡単にいうと、非常に美味く感じるので引く手あまたということだ。
「お礼といっては何ですが、熊の毛皮で、防寒着を作らせていただきたいのですが」
「うむ、しかし、弟子たちを甘やかすのはどうかと思うのだが」
「しかし、山脈は恐ろしい場所です。熊の皮は非常に強い防御力を発揮し、防寒もできるでしょう」
「そうか、村長、手間をかけるな」
「いえいえ」
白熊は雪と共に、山を降りてくる。
そして、餌がない場合は、村を襲ったりする極めて凶悪な魔獣なのである。
家畜を襲い、足りない場合は人間を襲うのである。
村長として春まで、村に滞在してもらいたいのである。
そもそも、冬に山脈越えは死ににいくことと同義である。
そして、恐るべき師父は、それを最後の修行にいいのではと考えていたのである。
毎日、滝行が行われ、その後狩りの時間である。
時には、ホワイトアウトの中を行軍することもある。
将に、ヤバい状況である。
しかし、師父たるその男は、特殊な才能でもあるのか、簡単に、村に帰ることができた。
三回目の異世界で、スキルを得ていた。
空間認識能力である。
これもギフトなのであろうか。
既に、雪熊は20数頭は狩られていた。
一頭が相当な重さである。肉を毎日食べたとしても、なかなか減ることはないのだ。
弟子たちは、あの日以来、修練を重ね、自分のあらゆる場所に魔力を編みこんで蓄える方法を個々で工夫している。
順調に、雪熊とも対戦できるようになっていた。
中でも、武田の剣法は、著しく進化しており、熊の首を切り落とすところまで来ていた。
「これでは、修行にならんな」影野がなにか不吉な言葉を紡いでいる。
「そういえば、村長が何か言っていたのだが」
それは、雪山で遭難した冒険者のアンデッドの事であったはず。
白霊である。
只のアンデッドよりも達が悪いのは、本体を破壊されると、霊魂だけが、抜け出て、新たな死体を探すという厄介な代物である。
霊魂自体は、光属性魔法や退魔系の武器でなければ倒すことができないというさらに面倒くさい仕様の魔物である。
その霊魂を倒すと、魔石を残すという。
「村長、このあまり人の来ない場所だから、雪山特有の薬草などはないだろうか」影野は、熊肉に飽きが来ていた。
「有ります。しかし」村長の顔色はさえない。
「どうした、私は熊鍋の味に飽きたのだ、薬草を入れて味を変えたいと思う」影野はそんなことを言い放つ。
村人たちは、食い物自体に苦しんでいる現状なのだが、そんなことを考える人間がここにいた。村人たちは、熊肉を恵んでくれるこの冒険者たちを神の使徒のように敬っていた。
熊肉は、街にもっていけば高額で売れるものである。
そもそも、かなりな強敵なので市場には出回らない。
「実は、山を少し登ればあります。」
「そうか、詳しい場所を教えてくれるか、全滅せぬように、少し分けてもらいたい」
「しかし」
「まあ、貴重な資源だからな」
「いえ、そうではありません、あっても我々では採ることはできません」
「そうなのか、売れば金になるだろう」
「勿論です、雪見草は非常に薬効の高い薬草です。」
「何故、採らないのだ」
「白霊です。冒険者たちが、その雪見草を求めて山を登りましたが、死ぬ者たちも出ます、その彼らが、白霊に取り憑かれたのです」
「なるほど、だが、光魔術があれば、倒せるのでは?」
「まさか!光魔術を?」
「いや、さすがに私でも、得手不得手というものがあるのだ」
「そうですか」村長は非常に残念そうだった。
「だが、退魔系の剣は持っているので倒すことは可能なのではないか」
「ええ!?」
この男に、異世界の常識など通じない。
なんでもあり、それが真骨頂なのだ。
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