第45話 白い悪魔
045 白い悪魔
装備は軽装。毛皮などの防寒具などはない。
凍るような風の中、彼らは村を出る。
「頑身功の功力を全身に回せば、熱を生じる」そのように言っている男は、防寒具をしっかりと着ている。彼らが目指す先は、滝である。
滝つぼがあり、夏には水浴びをして楽しめるという。
その時ですら、雪解け水のせいか非常に冷たいのだという。
今なら、ほとんど氷ついているのではないかとのことである。
全身に魔力を流せば、確かに寒さを遮ることができる。
しかし、それもずっと続けるとなれば話は違ってくる。
あちこちに雪が積もる森の中に入っていく。
「さあ、もっと力を入れろ!」
滝つぼの周辺は氷が張っていた。
しかし、水は豊富に落ちてくる。
飛沫は岸壁に凍り付いているが。
「師父、本当にここに」滝つぼに入ればすぐに低体温症で死ねるくらいには冷たい。
「冗談でこんなところまで来るわけなかろう、ただでさえ寒いのに」
彼らは、SOGだ。だから死ぬほどの訓練を受けてきた。
しかし、さすがに今度ばかりは死ぬのではないかと思えた。
「大丈夫だ、心停止したら儂が電撃魔法で生き返らせてやる」
彼の師匠もこのような粗暴なところがあり、それを引き継いでいるのである。
「さあ、入るがよい」
しかし、皆動かない。
「愚か者が」影野が防寒着を脱ぎ捨てると恐るべき掌打を放つ。
北畠がそれを受けてかわすが、拳法の腕ははるかに影野の方が上である。
瞬く間に、掌打を胸に浴びて、滝つぼに落とされる。
「きゃあえあ」あまりの冷たさに奇妙な悲鳴を上げる北畠。
「さあ、かかってくるがよい」
バシバシと手と手が撃ち合い、蹴りが襲う。
しかし、弟子たちでは、影野を倒すことは不可能だった。
教えられた套路は、その手筋が全て明白。相手は、その套路に変化を加えているのだ。
その師に敵うはずもない。次々と滝つぼにたたき落とされていく。
「さあ、滝の下に行け、功力を燃やさねばほんとに死ぬぞ」
こうして、死の特訓が始まった。
全員が30分程度で魔力不足で意識を失う。
影野は倒れた弟子に鞭を振るい滝つぼから放り出す。
入ると冷たいからだ。
「何ともふがいないものよ」
ガチガチと歯を打ち鳴らす弟子を見て独り言ちる影野。
彼らは着替え防寒具を纏っている。
「せめて一時間位何とかならんのか」
あんたは鬼だ!
「馬鹿者、儂の師匠なら一日中させられていたわ」
影野の眼は遠くを見ていた。
「よし、村まで帰るぞ、不甲斐ない弟子をもつと大変じゃて」この口調は彼の師匠の口調である。
「そういえば貴様らには教えていなかったが、魔力を筋肉にためるのじゃ、そうすればもっと魔力量をためることができるぞ、それとな、魔獣の肉をもっと食わねばな、肉に魔力が存在しているからためやすいのだ、理解しているか?」
これらの知識は当然彼らにはない。異世界初心者なのだから当然だ。
影野の方も、もともと、短い期間の付き合いになる事を前提としていたため、教えることも無かったのであった。
影野は考えをなぜ変えたのかはわからない。
「師父、ありがとうございます」
先に言えよ!
受け止め方は皆様々であった。
これらの知識は経験者にしかわからないものであり、いわば秘中の秘に属するものである。
「上杉、毛利、雪豹の足跡だ、狩ってこい」
「は!」
「村で待っているぞ」
残りの人間は、村を目指す。
その時、目の前から、白い何かが現れた。
白熊!そう北極にいる動物、この異世界では、目の前に存在している。
勿論、ここは北極ではない、只の山間地だ。
「さあ、弟子たちよ、熊を倒すのじゃ」
「え?」残り3人になった弟子。北畠、武田、浅井。
「何がえ?じゃ。北畠貴様は儂の弾避けだろう、逝け!」
恐るべき、白い悪魔と呼ばれる魔獣。
白熊の顔つき自体、地球のものとよく似ていた。首が長い。
体長は、3mほどだ。地球産より少し大きい程度だ。
だが、魔獣なので、爪は異常によく切れる。
どうも身体強化魔法の一種で、爪を強化し、よく切れるようになっているらしい。
それと牙も同じである。
だから織田は、簡単に首を飛ばされたのである。
勿論、身体強化により、筋力も強化されており、地球産よりもはるかに強いといえるだろう。
「今日は、熊鍋じゃな」
一人場違いな男が軽口を言っているが、3人は冷や汗が背中を伝う。
顔こそそっくりだが、眼は赤く燃えている。
その赤く燃える眼が原初的恐怖を呼び起こす。
「森の熊とさして変わらん、掛かれ!」
その声で初めて冷静さを取り戻し、三人は展開した。
彼らは冒険者チーム『ベアハンター』なのだから。
「GOAHHHHH!!!」熊が吠えた。
状態異常を呼び起こす、ウォークライ!
彼らは、自らの頑身功を展開する。
それでも、その干渉が彼らの精神を叩く。
突進、そして必殺の体当たり、押し倒してからの噛みつき。
これで一人確実に死ぬ。
だが、熊の予想は裏切られる。
状態異常で動けないはずの人間ごときが強烈な掌打が鼻を叩く。
堪らず、立ち止まり、痛さのあまり立ち上がる。両手で鼻を覆う。
「砕心掌」その技が心臓にさく裂する。
フォレストベアならここで死んでいた。
しかし、雪熊は死んでいない。鼻を殴った男に制裁の右パンチを放つ。
このパンチというか平手打ちを食らえば、頭と顔を完全に切りさかれ脳みそが飛び散る一撃である。
「北畠!」
「え!!!」北畠の眼は、恐怖で飛び出そうになっていた。
死の一撃がやってくる。
熊の手のひらはとても大きく見えた。
剛拳!場違いにも某漫画の拳の人のようだ。北畠の心の中には、走馬灯のように何かが駆け巡っていく。
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