第44話 雪中行軍

044 雪中行軍


季節が、冬に向かいつつあるこの地方では、山脈の中部では雪が積もるため、この街道を通る者たちが途絶する時期が近づきつつある。


「やめなされ、今の季節に峠越えは無理です」山脈越えの出発地点の村長が彼らを止める。

雪に降られると、凍死するしかいのだ。そういう商人や冒険者の死体処理も彼らの仕事になる。まだ、それほど降っていないらしいが、いつ本格的な雪がきてもおかしくないらしい。


「師父、ここは迂回しましょう」と上杉。

彼らは耐寒装備をもっていないのだ。

標高が上がってきたこの街にくると相当に寒くなっている。


「弟子たちよ、ここは最高の修行の場所になる」影野は言い放った。

明らかに、某帝国陸軍に起こった事件を思い出す男がいた。

北畠である。全員が雪中行軍の中で死亡したという事件は有名で、自衛隊学校でも学んでいた。


「しかし、耐寒装備もなくこの雪山を越えるのは無理なのではないでしょうか」と北畠。

「耐寒装備があれば問題ないのか?あるぞ」影野のアイテムボックス!には、様々なもの収納されている。

「え?」

「だが、そんなものは必要ない」

「え?」


そういえば、影野は全く寒さを感じないかのように振舞っていた。

他の隊員たちは、白い息を吐きながら寒そうに進んでいたのだが。

彼らは、影野が無理をしているのであろうと考えていたが、違ったのだろうか。


「弟子たちよ、なんのための頑身功なのか?」

「?」

「力の充溢により、体温などたやすく上げることができる、そんなことすら分からぬのか?」

勿論、教えられてもいないことをそう簡単に気づくわけもない。


「お前たちは頑身功の功夫をずっと回していないのか?」

勿論、していない。この功夫というか彼らは魔力で代替させているため、常に魔力を消費するのは正直つらいのである。


影野が課されてきた訓練とは基本的に違うのだ。

影野の功夫は修行によって積み上げられた物であり本物である。

しかし、彼らのものは、功夫の代わりに魔力で代替させている。

この世界では魔力を割と簡単に得られるのでそこに問題はなかった。

だが、ずっと発動するとなると話も変わってこざるを得ない。


簡単に説明すると、エネルギー使用の効率化、魔力保有量の増大が必要となってくるということである。彼らは、レベルを上げることで、ある程度の魔力保有量を大型化させてきた。


「一体なぜこれまで魔物肉を大量に食わせてきたのやら」影野は嘆き始める始末であった。

弟子たちは、困惑するしかない。

何を言っているのかわからないのである。


そもそも、このような会話をせずに、一点突破で高速で峠を越えていれば、彼らの強化された身体能力でなら越えられたのだが、変にひっかかったのが致命傷であった。


「貴様らの修行が足りてないようでは、師匠たる私の信用問題になる。ここで最後の修行を行い、頑身功を極めることとしようではないか」


その結果は、真冬にこの山脈越えを決行することになるということになってしまう。

まさに、悲劇が十分発生しそうな予感しかしない。

というか、俺たちを殺す気か!


「御老人、この近くに滝はないのか?それと、困っている魔物はいないか」

影野はなにかとんでもないことを言い始めた。

老人は話の展開についていけなかった。


しかし、確かに、近くには滝があり、困っていた魔獣もいた。

「ございます。滝はここから1時間ほどの距離にございます。危険な魔獣もおります。退治ていただけるのですか」

「無論、弟子たちにさせましょう」と笑顔の影野。

「なんと、ありがたや。では、村長に冒険者様の宿を手配していただきます」

「そうか、すまんな。」

「いえいえ、ぜひともご滞在してください」


こうして、最後の村での逗留が決定してしまう。


・・・・・・・・

村長が挨拶にやってくる。

村に滞在して、魔獣を退治してくれるという。大変村にとってはありがたい話なのである。

このような場所では、冒険者ギルドもなかなか冒険者を送ってくれない。故に相場より金もかかるのだ。


「していかほど支払えばよいでしょうか」

「ああ、相場程度でよい。素材は、街のギルドに卸すので、欲しいものがあれば言ってくれ。タダとはいかんが、安くはしよう。宿の提供を受けるのだからな」

「本当にありがとうございます」

「して、狩ってほしい魔獣はなんだ。別の魔獣も狩るが、金は、お前達の指定したものの分だけもらう」

「雪豹、雪熊、それと白霊です」

「うむ、豹と熊はわかるが、白霊とはなんだ」

「冒険者様、熊も違います。フォレストベアはかなりの強敵といわれますが、この雪熊はもっと強いといわれています」

説明によると、どうやら白熊のようだ。

中には、それの上位種も存在するらしい。


「白霊とは、雪山で遭難したもの達が魔石と融合したアンデッドです。物理攻撃で倒しても、霊魂が離れて生き延びます。そして、別の死体を探し取り憑きます」

「ほお、なかなか厄介な奴だな」

「そうなのです。撃退するしか方法はありません。霊魂を消滅させるには、聖属性の武器や魔法が必要になりますので、無理であれば、逃げてください」

「撃退してはいかんのか」

「はい、霊魂が雪熊の死体などに取り憑くと、とても手に負えなくなりますので」

「なるほど、なかなかに興味深い」


周囲の弟子たちの背中には、冷たい汗が流れ始めていた。

変なことを教えるんじゃない!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る