第39話 絶技2

039 絶技2


一頭のフォレストベアが、疾走してくる。

その姿を見ると、皆の呼吸が乱れる。

かつて、織田の首がはねられた記憶がPTSDとなって襲ってくるからである。


彼ら自衛隊は、訓練を厳しく積むのだが、如何せん実戦に投入されることはなく、死線を彷徨うような経験をしたことがない。

そして、その経験不足が、今表面化しているに過ぎない。

戦場では、仲間の死を悼む時間はない。

心を鬼にして、戦い続けねば自らも仲間の逝った世界へと送られてしまう。


「GAAAA~~~~!」恐るべき右手の一撃が、動けなくなった上杉を襲う。

一撃で上半身を粉砕骨折させる威力の一撃が、今、目を見開き、口を開けて無防備な男を直撃する。

ガキ~~ンという、金属がぶつかりあうような音が響き渡る。

北畠の義手が、熊の攻撃を受け止める。

「早く、防御態勢を!」

始めに手首を食いちぎられた経験が生きていた。

生死を潜り抜ける経験とはこのような場所で生きることなのだ。


今や、頑丈身体功により強力な鋼のような肉体に生まれ変わったはずの男達、だが、体内の魔力運行を誤れば、只の人間と同じである。それに、ベアの攻撃力は鉄をも切り裂くのだ。


熊の左手の攻撃を躱し、一本背負いの要領で熊を投げ飛ばす。

その倒れた熊の分厚い胸に、両手を載せて心臓マッサージをするかのように、北畠が砕心掌を放つ。


刃物でも切れず、銃弾でも貫通できない分厚い皮と脂肪。

「砕心掌!!!」

両手から放たれる発剄が凄まじい衝撃波となって熊の心臓を直撃する。

これは、暗殺拳。

手から放たれる発剄は、波動となって心臓を身体内部で破壊する。


「GAAAAA!」血を吐き、熊が眼を剥く。

北畠は、強敵フォレストベアを倒したのであった。

他のSOG隊員たちはやっと意識を取り戻す。

まるで、悪夢に取り憑かれていたかのように、やっと目を覚ましたのだ。


怖ろしく効果のある香はほかにも、熊をおびき出していた。


SOG隊員たちは、今度は簡単に攻撃を避け、相手の胸に砕心掌を放つ。

たとえ、熊の腕に殴られても、頑丈身体功の力によって、それほどの怪我を負うことはないのである。


彼らは知ることになる。

彼らの師父こそ、もはや人間ではない強さを持った化け物であると。


SOG隊員たちは、こうして『砕心掌』という絶技を取得した。

そして、トラウマを見事に克服して見せたのである。


「見事である」突然、影野が現れる。

隠形を解いたので突然出現したかのように見えたのである。


「これでようやく、初歩というところを越えた。そして、後は、使い方次第でどうにでもなるのだ」口調が変わっているのは、自分の師父の口真似になっているからである。


「さて、では冒険に出ようではないか」

「師父!お願いがあります」それは剣の達人スキルを得た武田1尉だった。

「なんじゃ、武田よ」

「まだ、剣術を教わっておりません」


彼以外の隊員たちは明らかに、

「余計なことをいうな!また地獄の訓練をさせられるだろうが、馬鹿野郎!」と心の中で喚いていたであろう。


「武田、皆が迷惑そうにしているぞ」薄笑いを浮かべる影野。

「私だけで結構なので、ぜひとも、剣の絶技をご伝授くだいますよう、お願い申し上げます」

武田は平伏した。


「そうか、その意気やよし!」影野の口が二ッと吊り上がる。

このような、恐ろしい笑顔で彼の師も教えてくれたので、単に真似ているだけである。

その心情が邪悪であるとかでは、決してないのだ。

そのように、邪悪に見えるだけなのである。

ひとかけらの悪意すらないのだ。(勿論、嘘である)


「しかし、武田よ、この東方不敗流金鵄鳥王魔刃剣法はそう簡単に教えるわけにはいかん」

「はい、わかっております、どのようなことが有っても、生涯、弟子として仕えて参ります」

いわば、たとえ、地球に帰還して師父が逮捕されてもついていくと明言したも同じである。


「それは、重畳」

「仕方がないな、他の者は興味がないようだし、儂とそちだけで、厳しい修行をしようではないか」

「有難き幸せ」


武田はもともと剣道を習っており、それにより全国大会にも出場するような腕前であったため、強さに対して尊敬の念が強いのである。

多少悪い人間でも、自分より腕の良い剣士であればあこがれてしまうような、感情を持っている。

簡単にいうと、自分が強くなれれば、他の事は、大目に見る体質なのだ。


今この場には、平伏する武田とそれを見下ろす影野、周囲には、他の隊員が立っている。

「師父、私も、ぜひ習いたいのです」上杉が平伏した。

彼もまた、強くなりたい派なのだった。SOG隊員たちは、そもそも、そのような体質の人間しかなれないので当然といえば当然である。


「そうか、上杉、言っておくが儂は、お前達に逮捕される運命ではなかったのか?」

「師父、たとえ師父が罪を犯していたとしても、私は師父についていきます。できるだけ弁護させていただきます」


「大丈夫だ、儂は有罪にはならない。」ポンポンと上杉の肩を叩く。


他の人間たちも頭を下げようとするのを必死で北畠が止める。

この流れはもっとも不味いものであることを知っていたからである。

このままでは、影野を逮捕して連れ帰る人間がいなくなってしまう!からである。


ただ、北畠は知る由もなかったが、すでに、双方に契約がなされているので、逮捕することは不可能なのだ。起請文による支配は絶対なのである。



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