第38話 絶技

038 絶技


「よくやった、弟子たちよ」影野の修行は、一番先に進んでいる人間にスポットをあてているため、これは、一番目に修行を突破したものに言われている。

ということは、他の人間はまだできていないのである。


つまり、先人、軍隊では先任ということになるのだろうか?

先人は、後の者の面倒を見ろと言っているのである。

拳法修行で一番目に型が出来上がったのは、上杉だった。


一番辛抱強かったのだろう。

非常に苦痛を伴う修行なのである。

何せ、鉄の玉が入ったサンドバックを叩き続けるのだから。


影野は、次の剣法の修行を武田に施さねばならないのだ。

早く、切り上げて、冒険にでたいと考えているのであった。

基本的に面倒なことは嫌いなのだ。


「さて、拳法の修行はここでひと段落となる。しかし、君たちが考えている通り、今までの中には、基本しかない。なぜなら、弟子たちを信じたいところであるが、そもそも、我等は敵同士であったのであるから、慎重になる事を許してくれるだろう?」


拝師を受けるということは、父になる事と同じであるとはいえ、さすがにそこまで信用できるかといわれれば、なかなかに難しい問題もあるというものである。


信用や信頼を崩すのは一瞬でも、作り上げるのは並大抵ではいかないのが現実である。


「だが、技の一つも教えぬ師というのも、いかにも心の狭い奴よと誹りを受けても仕方ないのもまた現実。それゆえ、一手、秘拳を授けよう」


「ありがとうございます。師父」皆がひれ伏す。

「いや、良いのじゃ、お前たちは儂の子も同じ、技の一つや二つ教えてやらねばな」

さっきまで信用できないので教えないといっていたのだが。


こうして、彼らの修行は、一応終わり山を下りることになった。

半年が過ぎていた。


もともとの任務、アブダクティッドの奪還はどうなるのか?

この時間経過のうちに、死亡した子供もいるかもしれない。

だが、影野は逃亡者で、SOGは影野抹殺の任務を帯びた人間たちだった。


ボロボロになった彼らは、街に戻り、宿に泊まり、風呂(公共浴場)に入り、垢を落とす。

髭を反りさっぱりする。

既に、地獄を何度も見た彼らは、この世界に来た時の顔をとはまるで別人になっていた。


透徹した真理の先に自分を見出した彼らは、顔からギラギラしたものがさっぱり抜けて聖人のような雰囲気を持っていた。


一番ギラギラしているのは、影野であった。


北畠も同様に修行をおこなっていたが、山を下りるなり、魔道義手が待っていた。

恐るべき技術により、神経にまで自動で接続していく、魔道具。

ただ、指は、6本もあった。

影野が、山に入る前に、手首がないといろいろと不便であろうと、魔道具師に発注したものであるという。


彼らには、原理は一切不明だったが、その義手は簡単に、自分の手のように動き始めた。


「この手であれば、技を使えるはずだ」自信たっぷりに言い放つ影野。

もともと、この義手は、彼が以前いた異世界産の物質で、彼もその製法などは理解できなかった。だが、2代目も同じような義手を使っていたことから、使えることはわかっていたのである。

彼が頼んだのは、この腕のエネルギー源たる高純度魔石をはめ込むことを依頼しただけに過ぎない。


北畠の義手は、はじめ金属であった。

しかし、時間が経つにつれ、人間の手のように見えるようになっていく。

どのような技術なのかは、全く不明であったが、最後には、人の手になってしまった。

違う部分は、指が6本であることぐらいと、その部分で、剣の攻撃を受けることができるくらいのことだ。


彼らは、十分な休息の後、冒険者装備に完全に変更し、またも別の森に来ていた。

そこが、技の演習をするのに、ちょうどよいためだ。

そして、そこは、北畠が手首を失い、織田が死亡した森である。

「弟子たちよ、もはやいうこと何もはない、最後の試練は、フォレストベアを砕心掌で倒すことだ」


今しがた伝えられた絶技の一つである。

『砕心掌』であった。


できるかどうかも試さない。

できなければ、熊に襲われて死ぬ。

この熊の凶悪さは、以前たっぷりと味わった。

さすがに、冷や汗と油汗が流れる。


今までの修行で十分身に付いているはずだ。

師匠の言葉は明確だ。

できるはずだから、やって見せろと。

できなければ、死ぬかもねと。


確かに、説明の中では、十分できそうな技である。

修行でも、おそらくこの技の修練のためといわれてもしっくりくるくらい修行で鍛えた部分を強化するようなもの。


「お前たちは、この熊を倒さねば、先に進むことはできまい」

彼らの心には、このフォレストベアの恐ろしさが身に染みついているのは全くその通りだ。

故に、この相手を倒す必要があるのだという。


「さあ、呼ぶぞ、始祖様の編み出した、九宮八卦掌の力を示せ!」

影野は懐から取り出した何かを放り投げた。それが空中で破裂する。

それは、熊呼びの効果がある臭いのついた物質である。

別世界で影野暗殺用に仕込まれた特殊なハチミツの香りの粉末である。

この世界でも同様な効果が発揮されるはずだった。


「GOOOOOOH!」さっそく遠くで咆哮が聞こえる。霊験あらたかな香の威力であった。


「一人一頭は必ず倒せよ!」そういうと影野は、スキル隠形を使い、消えてしまう。


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