第34話 実力

034 実力


ギルドの訓練場。

ここは、冒険者たちの訓練のためにいつでも解放されている。

新人たちは、ここでギルド職員や先輩冒険者などから、修行をつけてもらえたりする。

勿論、可愛がりだったりすることもある。


「さあ、かかってこい」影野は無手である。

当然SOGの浅井も無手である。

「俺は、マーシャルアーツをやっている、そこらの者たちとは違う」

素早い、ジャブとストレート、蹴り。確かに、日本ではかなり強いのだろう。


だが、ここは異世界、自らの体を極限まで追い込んでいる者たちが普通にいる。

銃砲を持たない彼らの武器は、自分の身体能力しかなく、当然命を賭けるのだから、極限に向かって鍛えていく。


だが、その攻撃を見事に受ける者がいる。

文字通り、殴られて蹴られるのである。

しかし、声を挙げるのは、殴った方である。


「そんな、やわな拳では効かんな」

ということらしい。

「そもそも、ここは異世界だぞ、魔獣の跋扈ばっこする世界で、そのような拳で何をするのか」


影野は、片足で大地を踏みつける。ズシンという音がするほどの踏み込み。

「破!」その拳は豪風をうならせる。

浅井は思わず腰を抜かす。


「この拳を受ければ、貴様の拳など粉々だ」

確かにそうなのだろう。

だが、この異世界でもそのような拳を振るう者がいるのかは甚だ疑問である。


「こうだ!」

壁際にたてられた、剣の練習用の木の人型に、猛烈な回し蹴りを放つ影野。

木人は、見事なほどに砕け散った。折れたのではなく砕け散ったのである。


SOGの皆が腰を抜かさんばかりである。

こんな猛獣を生きて捕まえるなどはなから無理だったのだ。

一体誰だ、第一師団の精鋭の貴様らなら問題ないなどと簡単に言った馬鹿者は?


「よし、次は剣術だ、武田、貴様スキルを得ていたな、かかってこい」

放り投げられる練習用の木剣。


武田は震撼した。

今度は俺の番?

彼は、『剣の達人』というスキルを得た。

もともとが、剣道で鍛えてもいた。

だから、自分を信じてやりたい。


一本筋の入った姿勢から、武田が切りかかる。

「面~~~~ん」剣道では、必ず叩く場所を言わなければならない。

影野の木剣がそれを簡単に受ける。

すると、バンという音ともに、自分の木剣が砕け散った。

「自分の攻撃をする場所を言うなどとは貴様は馬鹿なのか!」

叱咤と共に遠慮なく蹴り飛ばされる。恐るべき威力、せっかく直った怪我以上にけがをするところだった。


たったの一瞬で、二人の精鋭が無力化される。

「これが異世界の実力だ、貴様らは全くなっていない。これで手伝うだと!馬鹿も休み休み言え!」


とてつもない衝撃が彼らを襲う。

今までの自分たちは、人類最強種であると自負していた。

だが、現実は一瞬でしかも簡単に打ち砕かれてしまった。

何ということだ!

彼らの胸中に極度の動揺が広がっていく。


「どうか、私たちに、武術を教えてください」

「馬鹿者ども、我が拳法、九宮八卦掌法は門外不出」

「では、剣法は」

「馬鹿者め!我が剣法、刀法不敗流金鵄鳥王魔刃剣は、伝説の剣法と呼ばれた門外不出の剣法である」


影野は胸を張ってそう宣告する。

彼は、この怪しげな名の剣法や拳法をかつていた異世界で修行させられたのである。


彼の師匠は、世間から悪魔崇拝者とされていたが、あまりにも強く始末できない存在として認知されていた。誰もが、この悪魔崇拝者を始末できなかったのである。


彼のもといた異世界では、この悪魔の剣法は門外不出ではなかった。

悪魔崇拝することにより入門を簡単に許された。


厳密にいうと、悪魔というのは間違いであり、魔王の方が正しいのだが、世間の人々の間では悪魔崇拝ということになってしまっていた。


なんでも、かつてあった国々を完全破壊してのけた、魔神が編み出したというものであったという。時代が経つにつれ、魔神が魔王になり、悪魔になったらしい。


影野が気になったのは、もう一つ秘伝の槍法があったのだが、この槍法の名は宝蔵院伝武鎗流という名であったことである。


明らかに、聞いたことのある名前が混じっている。

彼は知らないが、剣法にも知る人ぞしる奥義の名前が刻まれていたりするのだが、彼はそれに気づいていなかった。


こうして、影野は悪魔崇拝者の汚名を被りながらも日々修練したのである。嫌、させられたというべきか。


だが、結果として、悪魔の剣法を習得して生き残ることができたのだ。


その修行は随分とひどいものであった。

だから彼は思う。何としても、弟子に習わせてやりたいものだと。

我が門外不出の剣法を是が非でも伝えたいものだと。


何としても弟子が欲しいものよの。

舌なめずりする、悪魔崇拝者。


彼の前には、何も知らぬ、無垢な赤子が投げ出されているようなものであった。


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