第32話 生か死か

032 生か死か


「貴様が影野3佐か」上杉は9mm拳銃を抜いている。

「そうだ、そしてお前達を助けた男だ」影野の眼に9mm拳銃は入っていないのか?

「逮捕する」

「容疑はなんだ、それと貴様らは警務隊ではないだろう」

「そんなことまで知っているのか」

「無論だ、仮に所属していてもな」


彼は自衛隊学校も防衛大学とも無縁である。

単に、身分を与えられているに過ぎないのだ、だから本当の自衛官ではない。

「米軍基地での窃盗事件の容疑だ」

「証拠はないのだろう」

そう証拠はないのだ。だが、連れてくればそれは自ずと明らかになると参事官から説明されている。

どのように自ずと明らかになるかは説明されていないのだった。


「逮捕状もないのに逮捕するとか人権侵害も甚だしいな」

影野は皮肉な言い方をする。

「待ってください小隊長」北畠だった。

「そういえばなぜ、お前が容疑者と一緒にいる」


「おそらく貴様らの考えと同じ理由だ」

それは、逮捕できない場合は抹殺する。

捕まえに来る奴らを抹殺する。

期せずして同じことを追い求める者同士という訳だ。


「証拠がないのであれば逮捕を拒否させてもらう。先ずは令状を用意してもらう」

上杉は追い詰められていた。このような場面は想定していなかった。

全力を尽くしての殺し合いしかないのだと考えていた。

故に第1師団最強の特殊作戦軍が投入されているのだ。


だが、その最強の自負もこの世界では完全に打ちのめされていた。


「まず聞こう、そいつは死にかかっているが、そのまま死なせてよいのだな」

その指先は、武田を指している。あと数分もすれば死は免れない。

世界によっては、『死神』がやってきたりするので異世界は始末が悪いのだ。


「助けられるのか」

「助けてもよいが、俺にもそれだけの借りをつくることになると考えていいんだな」

契約でも何でもない。約束など破ればよいのだ。

借りなどといっているが、武田がもし生き返ったらその時に考えればよい。

だが、日本人たる上杉はそのような卑怯なことができない。


武人であればこそ、命を賭ける戦場に出るからこそ、そのような約束を軽々しく破ることはできない。

そういう人間なのだ。

約束が重いのだ。日本人としての美徳を持っているのであった。


だが、影野の場合は違う、契約していない場合、簡単に約束を破る。

彼は、武人などではない、サバイバーなのだ、何としても、何をしても生き残る。

それこそが彼の人格を作り挙げた、嫌、再構成してしまったのだ。


しかし、人命最優先の軍隊出身の上杉はその約束を理解してなお、武田の治療を望む。


「よかろう」

それは魔王の言葉に聞こえた。

だが、一体どうしろというのか、このままでは武田は俺の目の前で死んでしまう。


「少し離れていろ、秘術を使うので後ろを向いていろ」

「貴様、その間に武田副長を殺そうと」

「馬鹿か貴様、ほっといてもすぐに死ぬわ」


「この治癒術は秘術だ、お前達に見られては、重大事なのだ」

周囲の人間が数m下がる。


傷口に手を突っ込み、破片をつまみ出す。

「傷よ癒えよ」簡単な呪文だった。

怖ろしいほどの手際で治す。この男は治癒魔法を使える。

これだけで、破片を取り除き、傷ついた内臓を修復する。

そして、腹部の傷をなぞっていく。みるみるうちに、癒着していく。


その手際の詳細は遠くから見ていた彼らには見えなかった。

確かに、これで治せるなら秘伝であろう。

だが、ある角度にいた人間。それは浅井だったのだが、わずかに何かが光ったのを見た。

だが、彼は治癒魔法を見たことがなかったのだ。

それが、そんなものだと考えただけであった。

そう、誰が見ていてもそれが何かなのかはわからなかったにちがいない。


「傷は治ったはずだ、殺菌もしたから感染症は大丈夫なはずだ。しかし、出血した血液はもとに戻らん。休ませて栄養を取らせる必要がある」

「すまん、助かった」

「貸1つを忘れるな」

「ああ」


草原地帯に入ったため、街は近くにあると考えられる。

だが、人影を発見できないため、十分に危険がある。


動ける全員が武装を更新した。

拳銃はM1911に小銃はAK47へと。

スナイパーライフルは対物ライフルへと。

さすがに重すぎるので、試射だけ行い、男のインベントリに戻されたが。

北畠は本来、このチームのスポッターである。

織田の死体はインベントリに入れられた。

日本に持ち帰ってやる必要があるからだ。

男はただではやらんと言い張った。

そして、移送料が設定された。

国が出さない場合は、彼らが自前で払うということになった。


数日後、街を発見する。

何とか、武田を背負いながら、到着する。


『生ある限り、影野を助ける。裏切ることは許されない。影野の命令に皆(名前列記)は従う。影野は皆の命を助ける。これに違反すれば、全身に死ぬほどの痛みが生じる。もし相手を殺せば、即座に片方も死ぬ。』

街に着いた夜、SOG隊員(北畠以外)は集められ、この日本語で書かれた起請文を渡される。

「借りを返すとはこういうことだが、皆、血を垂らせ、そうすれば俺は皆を永遠に殺すことはできない。少しは譲ってやったのだぞ」上から目線で口撃してくる男。

北畠はこの場に居ない。


「助けることは問題ない。しかし、日本で行った犯罪行為については、減刑嘆願くらいはさせてもらうが裁判に従うしかないぞ」

「上杉、貴様はそういうが、証拠はないのだ、信じろとは言わん。だが、証拠すらなく俺は追われている。あまつさえお前達に殺されようとしていたのだ」

「証拠が有ったら、どうする」

「証拠があれば俺は捕まり、罪に服することになるかもしれんな」


何とも微妙な言い回しだった。

「まあ、助けてもらったのは確かだ、できる限りの協力は惜しまない。アブダクティッドの回収がうまくいけば、減刑をできるかもしれない、そう意味でも、協力をさせてもらう、しかし、犯罪行為に対する協力はできない」と上杉。


「さすがにそこまで君たちを巻き込むわけにもいくまいて」

影野は薄く笑った。


そうして、起請文は発効する。


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