第31話 死闘

031 死闘


上杉は舌がもつれていたが、自分の職責を思い出す。

自分が小隊長なのだ。

「戦え!戦士たちよ!」彼の声が、状態異常の兵士たちをようやく解放する。

上杉のギフトは、『神の恩寵』である。いわゆるバフである。

状態や能力を上昇させる声で命令することができるようになったのである。


「浅井、眼を狙え!」

浅井はスナイパーである。

M24 SWS狙撃銃を構える。

「毛利は、手りゅう弾を使え」

上杉の命令が彼らを生き返らせる。


浅井はスキル鷹の目得たことによりを、正確無比の射撃を行うことができるようになっていた。流れるようなアクションで構えて引き金を引く。

7.62mm弾が発射される。

それが熊の真っ赤な目を撃ち抜く。


「ギャアア~」

そこに、毛利の対人手りゅう弾が飛んできて爆発する。

流れるような連携攻撃で熊は沈黙する。

かと思われたが、熊は、赤い血をダラダラ流しながら、ダッシュを開始する。

このような化け物を倒すには、対物ライフルが必要なのだ。


呆然とする毛利に、熊の恐ろしい爪攻撃が襲う。

直撃すれば、上下に分断される破壊力を秘めた攻撃である。

魔獣の多くは、自らの魔力を筋肉に使用して、能力を上げる習性、あるいは特性が存在する。


呆然と立ち尽くす毛利を熊の腕が薙ぎ払うその瞬間に、彼は、副隊長の武田に突き飛ばされた。武田は、ギフトで剣の達人スキルを得ていた。そして、剣の達人は熊と同様な魔力による人体強化を可能とする。


熊腕の攻撃が武田を襲う。

武田はそれをサバイバルナイフで受ける。

将に、達人の技である。

だが、そのような行為には、無理がある。

ナイフが砕け散る。

熊の爪は鋼に匹敵する堅さを誇り、さらに魔力による強化を掛けられているからだ。


次の攻撃を受ける刃物はもうない。

寸でのところ、紙一重でかわす神技。バックハンドブロウで、もう一本のナイフで熊の背を突き刺す。

だが、それは、駄目だった。皮が固すぎたので、毛を削りながら滑ってしまう。


熊のフックが武田を襲う。

後ろに逃れる武田。

上杉のナイフを空中でキャッチし、攻撃を加えたが、あまりにも硬い。


バン!浅井のライフルが吠える。

しかし、何と熊は目を閉じてそれを防いで見せる。

なんという防御力。瞼がライフル弾を防ぐなど常識外である。


「GAGYAAAAAAA~~~~」再度、熊が吠えた。

心が凍り付く。固まる。このような強敵の前での状態異常は致命的である。

まさに絶体絶命!


熊の一撃が無防備な武田を襲う。

たとえ、防御しても同じ結果しか生まないが。


突然、熊が爆発した。

爆発は武田をも巻き込む。

その爆発は、84mm無反動砲カールグスタフのものだった。

高熱の液状金属が熊の内臓を焼き尽くす。


爆風で、熊も武田もなぎ倒される。

熊は即死かと思われたが、何と!またも立ち上がる。

恐るべき生命力、これこそが魔獣といわんばかりに吠える。

横腹がすべて焼き尽くされているにも関わらず生きている。


武田は完全に意識を失っている。


迷彩服を着た男が刀を構える。

恐るべき速度で接近してくる。

日本刀の刃が青く光っている。

熊と交錯する剣光。

ズルリと熊の首が動く。

ボトリと首が落ちる。

どのようにしても、切り裂くことが不可能だった首が、簡単に落ちた。


凍りついた上杉は見た。

とても同じ人間には思えなかった。

だが、その迷彩服は、自衛隊のものである。

そして、それの意味するところは、彼らの追っている張本人に違いなかった。


陸上自衛隊東部方面隊第11独立遊撃大隊所属影野真央3佐。


米軍基地において大量の武器を強奪し、異世界へと逃亡した容疑者。

彼の拘束逮捕、不可能な場合は抹殺する。それが彼らの任務だった。


だが、彼をどのようにして逮捕するのか?

今の剣技はなんだ。何をしても切れない熊の首が簡単に両断されたぞ!

確か、魔法使いと聞いていたが?

上杉の胸に去来する思いはいかなるものなのか。


「小隊長殿!」死んだはずの北畠が走ってくる。

上杉はまさか、もう自分は死んでいるのか、そう考えても仕方なかった。

死んで、北畠と再会しているに違いない。今見たすごい景色も幻なのだ。


「北畠!俺も来たぞ、迎えに来てくれたのか」上杉は見捨ててしまった北畠に涙を流した。

それほど幻想的に見えた。

それにしても俺はいつ殺されたのだろう。

泣きながら、北畠と抱き合う上杉。


だが、彼は死んではいなかった。

北畠も死んではいなかった。

死んだのは、織田2尉だけだった。

しかし、武田副隊長も死の影が差していた。

砲弾の破片は、武田の腹部に食い込んでいた。

出血と内臓損傷、この世界ではほぼ死亡するだろう。

外科手術を期待できる病院などはない。あったとしても、この森の中にはない。


「武田、大丈夫か!」上杉は我に返り、武田に駆け寄った。

武田は、青い顔をしており、すでに出血によりかなり危険な状態に見えた。


もうすぐ出血性ショックを起こすか失血死するだろう。

一人だけ冷たく考えていた人間がそこに立っていた。


自衛隊は人の死をみることは少ない。

しかし、この男は違う、まさに人の生き死にの上に立ってきた男なのだから。


戦えば必ず勝つ。

そうしなければ死ぬしかない。そのような極限状況をしぶとく生き抜いてきたのだから。


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