第29話 詐欺師

029 詐欺師


勿論、北畠には、道は残されていなかった。

だが、よくよく注意すべきだったのである。

始めに書かれていた文言、これは修正された。

しかし、後の契約には、それ以外にも一行増えていた。

それに、このような魔術は、意味不明な文字で書かれているため無暗にサイン(了承)してはいけない。よくよく契約書を確かめる必要があるのだ。


これは、詐欺師がよく使う方法なのだ。

そして、影野は当然そのような詐術を弄していた。


そもそも、日本語で書いても有効であった。

内容を悟らせないために、別世界の言語で書いてあった。

異世界言語共通化スキルをもってしても、行ったことのない世界の言葉は読むことができなかった。


次の手としては、契約発効を血を垂らすことにしている点である。

自分の血を垂らした後に、相手にその用紙を渡せばどうなるか、そもそも、両手が損傷している北畠の血が付かない訳がない。

よく見るつもりで手(?)にとった瞬間に血がついて契約は成立するのであった。


そして、怖ろしいことにもう一つの条文が付けたされていた。


「さて、契約の効果を見ようではないか、北畠」

「はい?」


影野は眼を開いていた。

「やってみろ」それは魔眼スキルを使えという意味だった。

北畠は、チャンス到来と考えてしまった。

それは、相手を害することになる。しかし、一度支配すれば、もはや此方のものだ!

北畠の魔眼が光を発する。

「グアア~~~~」全身が針で突き刺されるような痛みが走る。

恐るべき毒針に全身が刺されている。目の前が赤く燃えるように見えるほど痛い、そして気分が悪い。吐きそうになる。


これが、契約の効果であった。

しかし、もう一息で、支配下に置くことができる北畠は全身に残る最後の力を振り絞る。


そして、支配の魔眼の効果が掛かる瞬間を迎える直前にそれは砕け散った。

何らかの魔法効果が北畠を襲い、契約の効果による激痛で彼は意識を失った。


「残念だな、北畠。こういう魔法によるギアスは自分の魔術の力量に関係するのだ。君の力量では私を支配することは不可能なのだよ」影野はさすがに、異世界帰りの歴戦の大魔導師(自称)。レベル、経験、魔法の技術、あらゆるものが北畠の上に位置する。

そんな彼では、影野を屈服させることはできなかったのである。

そして、初めからそれはわかっていて、それを誘導していたのである。


「契約は効果を発揮しているようだな」

影野は、激痛で意識を失った北畠をごろりと回転させ、あおむけにする。

顔には激痛の後がまざまざと残されていた。

苦悶の表情が張り付いていた。


「少しよく眠れ、我が下僕よ」影野は睡眠の魔法をかける。


それから一昼夜眠り続けた北畠は、目を覚ました。

「起きたか、北畠」

「閣下!」

北畠は最後の瞬間を思い出す。

苦痛に堪えて、魔眼を使ったのだ。

だが、効果はなかったのか!


「今日から貴様は、私の弾避けとして働いてもらうぞ」

「は!」北畠は軍人の習いで敬礼する。

その時気づいた。切り落とされたはずの腕がそこにあることを。

「腕が!」驚きに包まれる北畠。

「ああ、腕がないといろいろと困るだろう、俺が治しておいた」何事もなかったかのような答え。

左手首を見ると、そこには、やはり何もなかった。

「さすがに、無から有を作り出すことは俺には無理だ、せめてきれいな断面で手首があればつなぐくらいならできるがな」


「ありがとうございます」

「北畠、貴様の魔眼は極めて危険なので、俺が封じた」

「え?」

「俺を嵌めようとしただろう?」影野の顔には、皮肉な笑顔が張り付いている。


あの一瞬でそこまで感知し、無効化されたことを知った北畠の背筋に冷たい汗が流れる。


「だから、俺が念のために封じたのだ、一度やってみろ」

「はい」魔眼スキルを発動させようとする北畠だったが、それは不発に終わる。

折角のギフトスキルは封じられてしまったようだ。


「まあ、貴様の働き次第では、魔眼スキルを復活させてやってもよい、励め!」

「謹んで精進いたします」北畠は再度敬礼した。


心の奥底では、激しい殺意を持っていても、今は無理であると感じた北畠は、入神の演技で、彼に仕えるふりをすることにした。


だが、影野もそのようなことは容易に察知していた。

彼は、第三の眼のスキルで、相手のオーラや魔力反射などを見ることができるのだ。

激しい怒りが放射されていることは、はっきりと見て取れたのである。


「さあ、ゆっくりと休息は取れただろう?出発するぞ」

そこは、いつの間にか洞窟に運ばれていたのだが、そこから出発を言い渡されたのである。

それにしても、出発前の鹿肉のステーキはかなりうまかった。


「この肉は?」

「ああ、お前を襲っていた狼は肉が臭いので、鹿を仕留めてきたのだ」

何とも嫌な返し方をされたのだった。


左手首は失っていたが、不思議と痛みはなかった。

バックパックを背負う。

洞窟の端には、見慣れぬ竹筒が捨てられていた。少し血がついているように見える。

「あれは何ですか?」

「竹だがな、どうかしたのか」

「血がついていますよね」

「そうか?俺は知らんな、ずっとそこにあったがな」

そうして、洞窟を出る二人、一人はほぼ手ぶら、一人は完全武装のバックパッカーであった。

恰好は、同じ自衛隊の迷彩服である。

「重そうだな、俺の収納ボックスに入れてやろうか」

影野はスキル収納ボックスを持っている。

というか、無限インベントリといった方がよいかもしれない。

ボックスのサイズとはかけ離れた量のものを収納しているのだ。

勿論、過少申告しているのである。


「いえ、さすがにそこまでお世話をかけるわけにはいきません」

荷物を持ち逃げされたら、死活問題だ。手放したくてもここは我慢だ。

北畠は、冷静に返すのだった。


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