第28話 恐るべき選択

028 恐るべき選択


北畠は縛り挙げられた。

「俺を逮捕しに来たのか」影野がとりあえず、北畠の出血部分に治癒魔術をかけ出血を止めた。

「貴様!治癒魔術を!」

「だから、上官に向かってその口はなんだ」平手が飛ぶ。


「残念だが、その手首は無理だ。」

「では、右腕は?」


「尋問しているのは俺なんだが?」

徐々にイライラが募る影野。

しかし、決して北畠に前を向かせない。

そう、魔眼のスキルを警戒しているのである。


「助けてくれ、同じ日本人じゃないか」

「嫌、俺は異世界帰りだから同じではない。それに俺を逮捕しに来たんだろ」

「俺が、証言する、貴様が俺を助けてくれたことを」


「この魔境を脱出するために協力しよう」


そもそも、勘違いしているのだが、影野にとっては、この森を脱出することはたやすい。

この森の魔獣程度では、彼を倒すことはできない。

自称大魔導師はそれほどにヤワではない。



何故彼が森に居るのか?

それは、ダイブ直前の無線をちゃんと聞いていたからなのだ。

停止しろ!という命令が聞こえていたのである。

そして、それ以前に自分のやったことを考えれば、追っ手がかかることは想定済みだった。

だから、同じ場所にでてくるであろう者たちを見張っていたのである。

そして、一人はぐれた北畠についてきたのである。


始めはまず確実に一人を抹殺するつもりであったのだが、今はその感情が少し違う方向に向かっていた。

殺すことは全く簡単だったのだが、そうしていないところがその証拠である。

どう変わったのか?

それは、語るにはおぞましいものだった。

だから、ここでは言えない。


「なあ、生き残りたいか?」

それは、恐ろしい問いかけだった。

「勿論だ、俺は素晴らしいギフトスキルを得たんだ、生き残りたい、この世界でも十分やっていける。だから助けてくれ頼む」

そうして、北畠は顔を向けようとしてくる。


だが、影野はそれを抑えて向こうを向かせる。

「頼む、君の役に立つ、頼むよ」むせび泣きながらすり寄ってくる。

「どちらが上だ?」

「勿論、上官のあなたです。3佐殿」


そして、芋虫のようになりながらも、ついに北畠の視線が影野の顔を捕らえる。

「無駄だ」

「!」そう、何と影野の眼は閉じていたのである。

北畠の瞳は金色の光を放っている。

魔眼を発動しているときにでる光である。


「残念だが、目を開けなくても、見えるスキルもあるのだよ」なんとも冷たい声だった。

「やはり、人間が一番の難物だな。貴様もこれまでだ、せっかく止血をしてやったのに、人間はどうしてこのように恩を仇でかえすのか」


魔眼は相手の眼を見て強制力を発揮する。

相手が目をつぶっていれば効果を発揮できない。


「冗談です、助けてください、頼む、いえお願いします。影野閣下」

涙を流しながら、北畠は憐れみを請う。


演技の指導を受けてもこうはいくまい。

彼には、そういう才能が有ったのかもしれない。


「では、俺の言うことを聞くか?」

「はい、なんでもお命じください閣下」

「私の下僕になるか?」

「はい、命を助けて下さるなら、なんでも、言うことを聞きます」

「そうか、しかし今回だけだ。今後おかしなことをすれば最後だ」

「はい、当然です、そのような恩知らずなクズは、どのようにしてでもぶち殺されるべきです」北畠の演技は堂に入っている。

彼は、俳優にでもなるべきだったのだろう。


「少し待て」

「はい、助けていただけるなら、いくらでもお待ちします」


影野は、紙を出してサラサラと何かを書き始める。

A3用紙に、サインペンでなんらかの文字らしきものやなんらかの印章を書き記す。


「魔法文字だ、貴様に読めるか」

全く読めない何かの印。異世界共通言語スキルでも読めない。

なぜなら、北畠が言ったことのない異世界文字だったからだ。


「これは、起請文の魔法だ。神に誓約することにより契約を執行するのだ。これにはこう書かれている。この世界では、お互い助け合う。裏切ることは許されない。影野の命令に北畠は従う。影野は北畠を助ける。これに違反すれば、全身に死ぬほどの痛みが生じる。もし相手を殺せば、即座に片方も死ぬ。とな」


「それでは、私はどのような命令でも聞かないといけないのでしょうか」

「お前は、死にたいのか?多少、言うことを聞くのは当たり前だろう」

「ですが、さすがに仲間を殺せなどといわれると・・・」

「そうか、では今すぐ死ね」

冷徹な声が響く。


「仲間を殺しはできませんが、閣下の前に出て弾を防ぎます、必ず閣下の身代わりになって死にます。それでお願いします」

弾避たまよけか」

「はい、それならば喜んで閣下の為に死にます」

「そうか、ならばその文言を入れよう」


「この世界では、お互い助け合う。裏切ることは許されない。影野の危険には北畠が命を賭けて守る。影野は北畠を助ける。これに違反すれば、全身に死ぬほどの痛みが生じる。もし相手を殺せば、即座に片方も死ぬ。」と読み上げる影野。


「これでよいか」影野が聞く。

「はい、結構です」

「では契約だ」影野が血を垂らす。

「貴様の血も垂らせ」失った手首の先からは血がにじんでいる。

それをなすりつける。

「契約はなされた」そのA3用紙は一瞬で青い炎により燃え尽きた。


ある世界では、それだけは絶対契約してはならないと恐れられた存在であった。

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