第24話 消された事件

024 消された事件


今回のターゲットが絞り込めた。

成績優秀、眉目秀麗、文武両道、金持ち。ほぼすべてのものを得た少年が勇者候補であった。


「ここまでくると、悪意すらかんじるな」

「持てる者はすべてを手にするのではないでしょうか」

「持たざる者は何一つもてなくなりそうだが」

「私、この子を助けたということになりますよね、主任」

「嫌、俺が助けるのだが」

「私、サポートしてますよね」

「何が言いたいの?」


どうやらアシスタントは、この少年を狙っているようだ。

かってにすればよい。


今回出動する理由は、勿論この子供を救出するためではない。

今回もまた地元選出国会議員の息子が入りこんでいたのだ。

孫ではなく、息子なのだが、調査ではどうしようもない、馬鹿息子のようなのだが。


仕事自体に価値はあるのだろう、彼らを救出すること自体は非常に世の中の為になることはわかるのだ。

わかるのだが、本当の理由を知ってしまうと、本当にえる。

こんな腐った理由で命を賭けるのだから、堪ったものではない。


「単刀直入に聞きますが、ボーナスはあるのでしょうか」

「ない、君は公務員として、国民の福祉増進のために仕事をするのだ」

「この前の話はどうなのですか」

「結果として、君は国民の奉仕者として尊い仕事をしたことになる」

「出ないのですね」

「そういうことだ」

「出ても、握り潰すということですね」

「どういう意味か分かりかねる」

「命を張ってるんですがね」

「尊い仕事だな」

「まあ、助けられなかったとしても、文句は言わないでくださいね」

「きちんと仕事をすれば問題ない、君の一挙手一投足は記録されているからな、妙なことをすれば懲戒処分の対象になることもある」

「なるほど、よくわかりました」

「結構なことだ」

「こちらも、準備がありますので、1週間後の出発でよろしいですか」

「それは構わないが、準備はすでに完了していると聞いているが」

「参事、俺が命を賭けるんです。俺が必要な準備を行います、ご協力をお願いしたい」

「そうか、防衛施設庁には、協力するよう依頼しておく」

「ええ、ありがとうございます」


こうして、参事官と俺との電話は終わる。

どうやっても、ただ働きを強要したいらしい。

これはどうやっても、戦争だな。


俺は、すでに妄執を募らせて、そこまで来ていたのであった。

しかし、彼(参事)は勇者のようだ。しかも、勇者を手助けするパーティーまで存在している。

此方もしっかりと対策を練る必要がある。

既に、彼は10億円の事より、勇者(参事)排斥にすべてのリソースを使い始めていた。


だが、彼の妄執も一概に勘違いという訳ではない。

今回も、国会議員に対して、10億円を要求している人間はいた。

そして前回、孫を助けられた議員が、今回の議員にそのことを伝えているのだ。

10億円は大金だが、息子の命に代えられない。また、国民達からむしり取ればもとに戻せる。そもそも、彼は地元の名士で資産家で企業家、10億円程度は余裕で隠されていたのである。現ナマで用意されたそれは、息子の生還との交換で支払われることになる。

受け取り相手が、彼(影野)でないだけだった。


それから、数日。

影野は、日本のある場所に潜伏していた。

それは、監視カメラの死角である。

アメリカのように広大な面積を持つ国であれば、基地と民間区域とを離れて設置できるだろうが、日本は狭いのだ。

そして、影野は、南国の島にいた。

何故か、そこには、米国の基地がある。

この国は確か日本だったような記憶がある。


100mの距離を9秒を切る疾走で、金網に向かって走る影。

そして、ジャンプ。数mの高さの金網、さらに有刺鉄線のその上を越えていく。

監視カメラに一瞬映ったが、監視員が気づく間もなかった。


驚異的なジャンプの後の着地では、勢いを殺すように何回転かして起き上がる。

そして、まさに脱兎のごとく倉庫の影に走りこむ。

人間離れした動きである。だが、この程度は異世界から帰還した人間には簡単にこなすことができるのだった。


彼は、まさしく人間では止めることができないような者となっていた。

鍵のかかったドアノブを魔法によってアンロックする。

サムターンなどたやすく解除できる。

複雑な機構を持った鍵ならば、焼き切るのだが。


そして、まんまと目的の倉庫に侵入し、中の物資をあさりまくる。

彼は、異世界帰りの者がもつことがある、収納ボックススキル持ちだった。

倉庫内のもの全体すら入る事だろう。人によっては無限インベントリともいうらしい。


米軍基地(海兵隊基地)で起こった軍事物資窃盗事件は、様々な捜査がMPにより行われたが、犯人を検挙することはできなかった。

証拠物件は一瞬だけ映った映像だけしかなかったのである。

そして、盗まれた物の性質上、公開されることはなかった。

かなりヤバい兵器も含まれていたのである。しかもその量は、街一つくらいは簡単に吹き飛ばせようなほどの量。一体どのようにしてそれを持ち出したというのだろうか。


そうして、事件は起こったが、何もなかったことになったのである。

そのようなことが公になれば、基地周辺住民の不安が絶頂に達する程度には、武器がかすめ取られたのであった。


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