第21話 日常への帰還

021 日常への帰還


あれだけ楽しみだった10億円が消え、俺は元の職場に復帰せざるを得ない状況になった。

金塊はすでに、徴収され、今俺は事件のレポートを書いている。


新聞を読みながら、コーヒーを飲む。

テレビでは、なんらかの事件を扱っている。

気を張れば、監視カメラが数台俺を追っている。

盗聴器も電話やそれ以外にもつけられている。

かなり、マークされている。

そもそも、そのような仕事場で働いていた迂闊さがあったのだ。


「主任、帰ってきていきなり、もとに戻りましたね」補佐の女性事務官が皮肉を言う。

「ああ、危険ばかりで報酬に見合わない仕事だから、これでちょうどいいんだよ」

「そういえば、棺桶マーク7の試作が完成したので、昼から実験場へお願いします」

「へえ、ついに正式名称が棺桶になったんだね、6号どうしたの」


「はい、博士の新機軸を織り込んだものだったのですが、ダイバーが行方不明になりまして、また5号からの改良版に戻りました」

「また、死刑囚で実験したの」

「まあ、そういうことですね」

「そうか、俺も失踪すればよかったんだ」

「でも生活できるんですか」

「預金とかで」

「主任、馬鹿ですね。預金なんか簡単に止めることができます。それに出そうものなら生きている証拠そのものじゃないですか」

「なるほど」

そう、ここ日本では、その気になればそのようなことは簡単に調べることができるのである。

全てがシステム下に置かれている。そのシステムに依存すれば直ちに発見されるということである。

たとえ10億円が俺の口座に振り込まれても、すぐに口座を封鎖することができるということか。では、どうしたらよい。そんな答えは簡単に見つかるはずがない。

なるほど、そう簡単にいかないということか。

女性事務官の意見に俺は、考え込んでしまった。


「主任、何だか悪い顔してますよ」

「誰が、不細工だ」

「ハハハ、主任、異世界でコメディーを磨いてきましたね」


「うるさいわ」


今のままでは、そしてこの世界のシステムに頼りきっている限り、俺に自由はないというだけはわかった。

だがどうする。異世界にとんずらするか。


いや、あの棺桶はまだ、危ない。

何がマーク7だ。

皆実験機をぶっつけ本番で試しているだではないか。

技術水準が上がっているわけではない。

逆に、俺が邪魔になったら、任務名目で棺桶で焼き殺す細工をしてくる可能性すらあるぞ。

その時、俺は背中に冷たいものが流れたのを感じた。


始めから、10億円の話なんてなかったのでは?

疑心暗鬼はさらに深く深く心を侵食していく。


結局、司法取引の結果。俺の犯罪行為は、10億円の放棄、今後も任務を行うことで見逃されることになった訳だが、俺の目に小細工するという神をも恐れぬことしてくる奴らだ。

そういえば、あちらの世界でも、最も恐ろしい生き物は、魔獣などではなく人間だった。

魔獣は恐ろしいが、仲間ヅラで近寄ってきて背中から刺したりはしない。罠に嵌めたりしない。


「なるほど、俺はこの世界に戻ってきて少し甘く見ていたようだ」

そう、この世界を舐めていたのだ。だが、ここからは俺のターンだ。

絶対に、ペイバックさせてやる!


たった10億円をケチったことがこの後、日本に大きな悪影響を及ぼしかねない、自称魔法の大家に危険な火をつけてしまった瞬間だった。


しかし現実の世界では、原因の10億円はきちんと支払われていた。

政治家は約束を守ったのである。裏金からその金を支払ったのである。

だが、その金は、危険な男の手元に渡らなかっただけなのである。


事件の詳細については、現在は非公開となっている。

参事官は、どこかの地下書庫に報告書を持っていき収めた。

決して開示されることのない、Xファイルのように。

長野県高校生特殊誘拐事件はこうして幕を閉じた。


勿論、報告書に10億円の件は決して出てはこないが。





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