第18話 帰還と期待感

018 帰還と期待感


簡易棺桶、すでに本来の名前『簡易型時空転移装置?』は忘れ去られていた。

男にとっては、棺桶という名称以外に浮かばないので、簡易棺桶を呼んでしまう。


空には、暗い雲が垂れ込めてあちこちに稲光が走っている。

ここが、目的地のようだ。


簡易棺桶を人数分出す。

男は自称『魔法の大家』なので、収納スキルを持っている。

自分がこの世界に来た時の棺桶5号は延焼したので、自分も簡易棺桶で帰ることになる。


5号は完全に一品ものなので、変わりはないのだ。

帰ったら6号ができているのだろうか?

だが、俺は6号に乗ることはないのだ、ガハガハ。

こんな危ない乗り物は世界でも有数だろう、まさに自爆装置、誰が乗るか愚か者め!


自分が乗ってきたことをすっかり忘れている。

文脈でいうと、自分が愚か者なのだが・・・。


危うく焼け死んでしまうところだった。

何とか、冷却魔法でもたしたのだ。

そして、棺桶から出た後は、治癒魔法。

命をつないだのは、まさに自分の力。

普通の人間なら、3回は死んでいるところだった。


それにしても、この簡易棺桶は大丈夫なのか?

勿論、テストは行われたが、成功したという報告はない。

次元転移した先に、誰も知る人間はいないからである。

故に、棺桶が消えたことだけは実証されている。

某県から某道まで飛んだといいうことも知っている。

それにしても、自分が乗ることになるとは!

正直不安だ!それしかない!


5号を修理したいところだが、機材・部品などがないので無理な相談だった。

簡易棺桶を信用するしかないのだった。


幸いなことに、行きと違い帰りは大幅に少エネルギーで帰ることができる。

不明な場所に行くには、かなりオーバーな力を入れる必要がある。

しかし、帰りは、目標値の座標がしっかりとわかっている分だけ少ないエネルギーで運用可能なのだ。(5号のデータがフィードバックされている)


とはいえ、大出力は必要。この世界では、雷のエネルギーを利用する必要があるのだった。

男が、雷魔法を使ってもよさそうだが、それでは、男が魔力欠乏で死んでしまうのである。

そして、男は自分が一番大事なのでそのようなことはしない。決してしない。


しかし、その内心の不安を少年少女は敏感に感じ取ったのである。

「まさか、この棺桶みたいなもので、雷に打たれるんですか」

やっぱり誰が見てもこの装置は棺桶に見えるのだ。

「その通りだ、しかし、電流は外部を走るだけで中の君たちは大丈夫だ」

確か、男は、大電流で焼き殺されかかったはずだったのだが。平気で嘘を言えねば、異世界という厳しい世界を生き残ることは不可能なのだ。


「帰還するためには、雷のような大出力が必要なのだよ」

「でも、とても怖いです」

「大丈夫だ、アースもついているので、必要量のエネルギーが入れば、強制的に放電されるのだよ、私は、無事にやってきたんだから」


そう焼け死にかかったが。結果的に生き残ったと表現する方が正しいのだが・・・。


「エネルギーさえ注入すれば、操作は必要ない。君たちは簡易棺桶、嫌、簡易型時空転移装置の中で、雷を待つだけよい」


「今、簡易棺桶って言いましたよね」

「いや、全然そんなことは言ってないぞ、さあ、私もこれに乗るのだ、安心したまえ」

同じ人間の姿をしていても中身は全く違うのだが。彼らには、驚異的な身体能力も治癒魔法も冷却魔法も持っていないのだが。


本当のところ、誰が燃え尽きてもおかしくはないのだった。

彼だけは、何としても生きて届けたい。

男は、政治家の孫の少年を見ていた。

彼が女の子であれば、同じ棺桶に乗るという方法もあったのだが、男ではなあ。

それは無理だ。


しかし10億円が燃え尽きたら・・・

男には、少年が札束に見えていた。


さあ、帰ったらすぐに金をもらって、このくそ忌々しい仕事とおさらばだ。


男は期待と不安を膨らませながら、高校生たちが乗り込んだ簡易棺桶の扉を閉めていく。

扉が閉まると、避雷針のような金属の棒が扉から生えてくる。


暗い大地に棺桶が並んでおかれている。

そうとしか見えない、不吉な絵ずらだ。

地面には、男が書き記した魔法陣。

将に、禍々しい儀式そのものだ。


男は、雷の魔法を作り、空中に打ち上げる。

これは、本物を誘導するために作り出したものである。男は自称『魔法の大家』、いともたやすくやってのけている。

棺桶内では、すべてをコンピュータが行っている。

普通のコンピュータという訳ではなかったが・・・

魔術と機械の融合を果たしたものである。(自称『魔法の大家』と某防衛産業の電気関連部門が作り上げた)


轟音が轟き、雷が簡易棺桶を撃つ。

バババ、バリバリ、ドーンと辺りを白く染める雷。

棺桶が数体なくなっている。

「どうやら、うまくいきそうだ」

燃え尽きたら、男は簡易棺桶を放棄したろう。

そんな危険を冒してまで乗る義理はないからな。

男の本心だった。


男にとっては、他人の命は軽くても、自分の命は地球よりも重いのだ。

実験が成功していそうなので、一安心だ。


その時、又も雷が落ちて、世界を白く染めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る