第6話 商人

006 商人


馬車の御者は殺されていたが、馬車自体は無事だったので、俺が御者を努めつつ、街へと向かう。娘の父親がそこで店を開いているのだという。

御者の席に侍女も座って、道を教えてくれる。


様々の事を聞いていく。

しかし、肝心の特殊誘拐の話は知らないようだ、ご主人様ならというのでそれに期待である。


まあ、そもそもこの世界であっているのかすら定かではない。

気を長くしてやっていくしかないのだ。


とにかく、楽しみを見つけながらやっていかねば、すぐに帰りたくなってしまう。

アブダクティッド達もそういう気分になっているだろうに違いないだろう。

一部の特殊な能力をえた人間は、興奮しているだろうが。


「それにしても、シャドウ様の魔法は素晴らしかったですわ」侍女が頬を染めて熱い視線を投げかけてくる。

以前の異世界でも、魔法使いは希少種で人気があった。

希少種でなくても、価値があったろう。


「ああ、あれは実は魔法というより、魔法具の一種ですからね」

「ええ、それは一体何処で手に入れられたのですか」


「それは、具体的には言えません」官給品なので持って帰らないとまずいのだ。

そういえば、実弾の数も申告しないといけない。無暗に発砲するなと言われていた。

自衛隊は何かと縛りが多いのだ。お前ら、この世界でそんな状態で生き残れると本当に思っているのか?平和的に話し合いましょうなどとは、相手が話に乗ってくれる場合に限るのだ。そして、そんな奴はほぼいない。

中世は伊達ではない。

簡単にいうとやるかやられるかという世界なのだ。


「勿論そうですね、差し出がましい事を申し上げました」

「いえいえ」


侍女は、自動小銃の存在が気になるのだろう。

上手くいけば、分けてもらえるとでも考えているのだろうか。

たとえ、手に入れても射撃の訓練をしないと、小銃はきついだろう。

反動が強くて、女子にはむかない。


それより、拳銃の方が扱いやすいだろう。

金(ゴールド)さえ払ってくれるなら、お分けしてもよろしいですがとも言えないしな。

実をいうと販売用の拳銃も所持していた。


何故か!米国で購入したものをアイテムボックスの中に入っているのだ。


アイテムボックスのスキルなら、出入国管理も簡単にすり抜けることが可能なのだ。


この商売(公務員だが)は、危険な割に、実入りが少ない。

例えば、この世界に来るとき俺は、焼け死にかかっているが、危険手当は、一日数千円しか払われないのだ。


だから、自分で実入りを増やそうと考えていたのだ。

そういえば、来るときの成功報酬は莫大な額であった事を思い出す人もいるだろう。


しかし、世界の権力者というものを甘く見てはいけない、彼らは破るために約束をしているといっても過言ではない。

ゆえに簡単に信じてはいけないのだ。

これが、異世界帰りの俺の常識だ!


街に入るときは、商人の娘が身分保障をしてくれたため速やかに入街することができた。

彼女は、相応の力を持つ商人の娘の様だ。

結構、贅沢そうな館の中に入り、馬車止め(エントランス)で降りる。

かなり裕福な商人のようだ。

これは重畳である。


応接間に迎えられる。

「いや~、娘を助けていただいてありがとうございます、私はグレンリベットと申します。商会を経営しております」

ロマンスグレーの親父さんが丁寧な挨拶でやってくる。


「私は、冒険者のシャドウといいます。たまたま通りかかったため助けることができたのです」

「ありがとうございます。シャドウさん。娘は危ない所だったようですね。護衛の冒険者は残念なことになりましたが」


「ええ、私がついたときには、全員が殺されていました」

「ええ、ええ」会話は、現場の内容等を確認するものとなった。

後に、冒険者ギルド、アレッポ支部に報告される様だ。

この町は、アレッポというらしい。

盗賊にやられた彼らのタグを預ける。


「どうか、本日はごゆっくりしていってください。後程夕食をご一緒いたしましょう」


こうして、俺は一室をあてがわれる。

先ほどとは違うメイドがやってきて、世話を焼いてくれる。


やはり異世界、素晴らしい。

メイドがその手の世話もしてくれるに違いない。

だが、そのようなことは要求しない。俺は高潔な紳士だからだ。


嘘でした。

当然、それが弱みになるからです。

そして、仮にそのような事をしたとしても、ここに記されることはない。

何故なら、此処は一人称の世界、つまり俺ガタリであるからだ。


そんなことはおいておいても、やはり此方を誘っていることは明らかだった。

まあ、いいけどね。


夕食の席では、グレンリベットとその妻、娘が待っていた。

中世風の料理は日本人にはつらい。調味料が少ないからだ、現実の地球の中世でもほとんど塩味以外なかったようだから仕方ないのだろう。

胡椒は、金と同じ価値といわれたのである。

そして、胡椒を得るために大勢の人たちが苦難をしいられたのである。

さらに、その胡椒を手に入れる段階で多くの人が奴隷労働をさせられたり、戦闘で殺されたりしたのである。


俺は、持参した醤油をつけたりソースをかけたりしながら食事を楽しんだ。

まあ、美味いな。

そんな俺を彼らは、興味津々で見ている。

「あのシャドウさんそれは」グレンリベットが声をかけてくる。

そう、とても興味があるようだ。


「ああ、これですね。これはソイソースです」明らかに通じないソイソース。

醤油である。

「すみません、醤油でした。これをかけると上手くなりますよ。勿論料理にもよりますが」

鳥の丸焼き(しおあじ)にかけて見ると上手くなる。しかし、少し胡椒が足りないのでさらに、胡椒の瓶をだして振りかける。

こういう、調味料は非常に大事に持ってきているのである。

嘗ての異世界暮らしの経験が生きている。


「これは!」まさに革命でも起こったかのような反応を見せる家族。

「おいしい!」

「これは売れる!」

三者三様の反応を見せる人々。給仕をしてくれる人間までそわそわしている。

「実はお話が」

「ええ、私の方でも聞きたい事があります」


「ですが、とりあえずは食事を続けましょう」

そうして、次々と調味料に関する質問に答えながら、食事を終える。


「娘からシャドウ様が魔法の道具をお持ちとお聞きしました」

「ああ、あれですね」

自動小銃だ。

「残念ながら、あれはお譲りできません」異世界の常識を破壊する道具の一種だからな。

「そうでしょうね」とグレンリベットは残念そうな表情を浮かべる。

官給品なので後で検査されるんですとも言いづらい。


「では、あの調味料というやつは如何でしょうか」

「ああ、あれですか、残念なことに、自分用しか持ってきていないのです」

「そうなんですか!あれは料理の革命になると思ったのですが」きっと南方の方を探せば、似たような植物はあるだろうに。

醤油は、作り方が複雑できっと難しいと思う。


「話を戻しますが、ライフルはお譲りできませんが拳銃(ピストル)ならいいですよ」

そうして、何気にピストルを取り出すのであった。

「ライフルとほぼ同じ魔法系統で手入れもライフルよりも簡単です。」

これは、金になるのではないかと、ひそかに収納ボックスに忍ばせていたものである。

官給品ではないコルトガバメントだった。(なぜか、収納ボックスに偶然存在していたもの!)


開発されてからも永年に渡り現役であり続けた優秀な銃である。

「本当ですか!」グレンリベットは大喜びである。

「ただし、価格はお高いですよ」まあ、俺が悪い奴だったら、弾を売らないとかあるだろうが、俺はいい人間なので、弾もお掃除キットも付けてあげる。

弾の分だけ人が死ぬかもしれないが、この主人が人を撃たないと信じて譲ってあげるのだ。

人を信じることは重要なことなのだ。


商売の話も済み、此方の聞きたい事を聞く。

どうも、この世界というか、この大陸には、様々な国が存在しているが、そのような召喚魔法を継承していそうな国は、彼らがいう王国と敵対する帝国の2つしか存在しないようだった。


王国と帝国はもともと同じ国から別れたものらしい。

その因縁が今でも偶に戦争を興すらしい。

他の国は、歴史も浅く勢力もないので、帝国か王国の勢力につくことになっているという。

つまり俺は、この大陸を二分する大国のどちらかを相手に交渉する必要があるということを確認したのである。


しかも、どちらか特定する必要もある。両国とも秘儀(勇者召喚)は持っている可能性があるとのことだった。まあ、元は同じ国だったらしいからね。


ちょっとめんどくさくなっちゃったな。

此処で、商人の娘と結婚でもして、ゆっくり過ごすというのも悪くないのではないだろうか。少しだけそう思ったのである。




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