第二十八話 人の心がもたらすもの
「それでは本日の教習を始める」
そう言って教壇に立つのは昨日と変わらず長谷部だ。今日は青いブラトップと白のホットパンツというまるでレースクィーンの様な格好でふんぞり返っている。白い腹と長い素足をこれでもかと見せつけるその格好は優斗の中で既に露出狂認定されたいた。耳元と
「本日の講義は陰陽寮について。陰陽寮は全国に支部がある。釧路、青森、東京、島根、愛媛、宮崎、沖縄。計八ヶ所。京都が本部となる。この中でも特に北海道や九州は激務だぞ。少ない人数で全てをカバーしなければならんからな。その分人員は多めに確保されてはいるが所詮焼け石に水。殉職率は年々増加の一途だ。昔はもっと各地方にも支部があって活気に満ち溢れていた。それが時代の移り変わりと共に減っていき、今ではたった九ヶ所のみだ」
長谷部はどこか遠い目をして昔を懐かしむように目を細める。それを断ち切るように頭を振ると解説に戻った。
「次に各部署だ。まずは私の所属する研究部。ここでは日夜実体化した妖魔の解剖を行い、その謎を追い求めている。何を持って妖魔たらしめるのか? ︎︎その肉を血を骨を切り刻み闇の深淵を覗く。それが私達に与えられた快楽だ。妖魔のサンプルは貴重だからな。余す事無く細胞レベルで分解する。これが何故か人の細胞にそっくりなのだ。実に興味深い。血液型もあり形態や性格で違う。主にA種とB種に別れ人型を取るモノにはA種が多い。DNAの採取は手間取っていて……そうそう。一度だけだが生きたまま解剖した事があってな。面白かったぞ。結界で手術台に貼り付けて動けなくして、勿論麻酔なんぞしない。霊体のくせに一丁前に痛覚はあるから泣き叫ぶんだ。それをメスで
長谷部は愉悦に顔を歪め嗤う。それは一種の色香を伴い優斗の背は粟立つ。こんな狂った言動にも性的興奮を覚える自分も大概だ。自嘲しながらも疼く下腹部から気を逸らし講義に集中した。そんな優斗の心情などお構い無しに長谷部の演説は続く。
「そしてもうひとつ大事な仕事は貴様ら妖刀の使い手を分析する事だ。何が妖刀を惹き付け主人と認めるのか。現段階の見解はその霊力だな。その武力も
そしてまた解読不能な図をホワイトボードに書き連ねていく。
「そうして得た知識を元に私達研究部は医療部と連携して妖魔を医療に利用できないかという研究も行っている。毒を持つ妖魔ならばその解毒薬を。強力な再生能力を持つ妖魔からは再生医療を。そちらは現代の医療現場でも使われる程にまで成果を出している。我々とてただ闇雲に解剖を楽しんでいる訳では無いのだよ」
ふふんと鼻を鳴らして長谷部は得意満面で胸を張る。そして指を振ると次の話題に移った。
「さて、妖魔について更に踏み込んでみよう。人には少なからず霊力が備わっているというのは話したな。虫の知らせ、第六感とも言う。だがそれを真に理解している者はごく僅かだ。世の中には霊能者は数いれどその大半は偽物。その他にも漫画や小説、映画でも人気の題材だろう。だからこそ問題だと言える。中途半端な知識があるからな。その最たるものは陰陽師として名高い安倍晴明か。奴は本物だった。それが後世に伝わり虚実の入り交じった知識が蔓延している。しかし、霊力は実際に存在し、目には見えないが日常的に体から無意識に漏れ出しているものだ。気を使う、気力が無くなるなどと言うだろう? ︎︎気とは
そう言いながら、ただでさえ難解な図にミミズののたくったような文字が追加される。優斗は既にノートを取るのを諦めていた。
「そしてその情報部の指示の元、実際に妖魔と対するのが貴様の所属する特務部だ。ここ本部には七つの班があり、ひとつの班に妖刀持ちが二人、後方支援が三人の二部隊十人構成、計七十名となっている。京都はその歴史からも妖魔の発生しやすい土地柄だ。故に、妖刀持ちも強い者が集まってはいるが手が回っていないのが現状だな。近代に入ってからは都心部や地方の妖魔も活性化している。それだけ人の欲望も強まっているという事だろう」
そう言ってらしくない溜息を零す。その顔は憂いに陰っていた。
そしてぽつりと呟く。
「げに恐ろしきは人の心か……」
その様子があまりに辛そうで、優斗は優しい声音で話しかけた。
「長谷部さん、大丈夫ですか? ︎︎顔色が優れませんけど……水飲みますか? ︎︎少し休んだ方がいいんじゃ」
そう言って水筒を取り出そうとする優斗を睨みながら、長谷部は口元を歪める。
「ふん、小僧が。貴様が他人の心配をするなど百万年早いわ。ま、その内そんな余裕も無くなるだろうがな」
鼻で笑われた優斗は口を尖らせる。心配して何がいけないのか。しかし、長谷部はそんな優斗を無視して講義を再開させようと口を開きかけた。が、不意に耳元に指を添えて緊張した面持ちで応答する。よく見たらイヤホンの様な物を装着している。小さくて今まで気付かなかった。
「どうした? ︎︎……っ! ︎︎なんだと!? ︎︎すぐ行く!」
長谷部は慌てて会議室の出口に足を向ける。優斗は訳も分からず咄嗟に呼び止めた。
「長谷部さん!? ︎︎講義は……」
その声にも振り返る事すら惜しいのか早口で短く返す。その声は弾み、口元は弧を描いていた。
「今日の講義はここまでだ。午後に備えろ」
呆気に取られた優斗はしばらく呆然と立ち尽くす。ぼんやりと時計を見ると、十一時を回ったばかりだった。
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