第二十七話 一人の夜
息咳切って部屋まで帰るとドアノブを回す。しかし、それは期待を裏切り音を立てて止まった。数度繰り返すがガチャガチャと鳴るだけで開く事は無い。落胆に溜息を吐き、鍵を取り出す。扉を開いた先は静寂に支配されていた。誰もいない部屋は夏だというのに寒く、一人だという事を思い知らされる。自室で着替えて風呂の準備をした後、洗濯物を取り込んで夕食に取りかかった。
――昨日は親子丼を作ってくれたから、そうだな……うん。今日は生姜焼きにしょう。味噌汁も朝の残りがあるから、それも一緒に。
作るのは勿論二人分だ。実家では母の手伝いもしていたから簡単な料理くらいは作れる。
米を研いで炊飯器に入れたらスイッチを押して炊飯開始。冷凍庫から豚肉を取り出しレンジで解凍して、その間に玉ねぎをスライスして調味料を用意する。フライパンを熱したら油を引いて豚肉を投入し、粗方火が通った所に玉ねぎも加えて炒め、焼き色がついたらしょうゆとみりん、おろし生姜を合わせた調味料を絡めて完成だ。
品数は少ないが食材が足りないので仕方が無い。明日にでも買い出しに行かなくては。その頃には律も帰ってきているかもしれない。そしたら一緒に行こう。そんな事を考えながら一口味見をした優斗は満足気に頷き、生姜焼きを皿に盛り付け食卓に運ぶ。ご飯は帰ってから盛り付けた方がいいだろう。律の箸を取り出して並べると少し気持ちが軽くなった。
時計を見ると十九時を回っている。玄関を窺うが律の気配は無かった。
――遅くなるのか。連絡も……無い。
スマホを確認してまた落胆する。一人で食べる生姜焼きは味気なかった。
食事を済ませたら食器を片付け洗濯物を畳んで、掃除機をかけ一通りの家事を熟す。律の洗濯物をどうしようか悩んだが部屋に置いてくる事にした。ドアノブを回すと簡単に開く。鍵をかけないと言っていたのは本当だったのか。優斗は薄く笑った。ベッドの上に洗濯物を乗せると閑散とした部屋を見渡す。ここに朝までは律がいたのにその気配は既に無い。ベッドに腰掛け横になると微かに律の匂いがした。それはとても落ち着くもので優斗は切なくなる。
――会いたい。
優斗は素直にそう思った。律の笑顔、笑い声。そして最後に見た泣き顔が頭から離れない。一度だけ、枕を抱きしめて思いを振り切るように部屋を出た。
それから風呂に入っている間も外の音に聞き耳を立て気もそぞろだ。何故こんなに律の帰りを待ち
――もしかして僕も……。
浮かんできた思考に頭を振る。違う、そんなはずは無いと自分に言い聞かせて。ただ、初めて一人になった寂しさから感傷的になっているだけだ。それにも次期慣れる。律が帰ってくればまた煩い日常に戻るのだから。そうであってほしいと優斗は願う。突き放したのは自分のくせに身勝手にも程がある。だが次に顔を合わせる時はもっと素直になりたいと強く思った。もう一度ちゃんと謝って、また前のように過ごせたらどんなにいいだろう。律は許してくれるだろうか。また、好きだと言ってくれるだろうか。今度は間違えず、律の対等な友人になりたい。ぶくぶくと湯に沈みながら思うのは律の笑顔だった。
風呂から上がって、ダイニングを覗いても食事は手付かずのままラップに包まれて食卓の上に乗っている。律はまだ帰っていないのだから当たり前の事なのに酷く辛い。時計を見ればもう二十一時だ。いつ帰って来るか分からない以上、こうして食卓に出していても暑さで痛むだけ。生姜焼きを冷蔵庫にしまうと、それの代わりにメモ用紙にその旨を書いて律の席に置いた。優斗の部屋はダイニングの横だ。帰ってくればすぐに分かるだろう。
優斗は部屋に戻り机に向かうとノートを取り出して勉強を始める。いくら陰陽寮で働くと言っても最低限の教養は身につけるようにと課題を出されていたからだ。今日の科目は数学。それに合わせて問題集と参考書を渡されていた。苦手な科目に嫌々ながらも生真面目な優斗はペラリとページを
結局、指定された課題を終える頃には0時を過ぎ、それでも律は帰ってこなかった。
翌朝五時半。
スマホのアラームより先に目を覚ました優斗は
優斗に律の仕事の内容は知らされていなかった。今何処で何をしているかさえ分からない。無事なのだろうか。怪我はしていないだろうか。何度確認してもスマホに連絡は入っておらず、不安ばかりが増していく。
――連絡くらい入れろよ、馬鹿。
鳴らないスマホを握りしめて優斗は涙を堪えた。それでも時間は待ってはくれない。今日の午後からは武術訓練も始まる。祖父に剣術の指南は受けていたがより実戦的なものになるだろう。律と共に在るためにも頑張らなくては。意気込みも込めてご飯をかき込んだ。
食事が済めば食器を片付けて洗濯物を干す。ベランダに出れば夏の強い朝日が目を焼いた。一人分の洗濯物は少なくて干すのもすぐ終わる。部屋に戻り昨夜済ませた課題と運動着をリュックに入れて準備を整え、制服に着替えれば八時を過ぎていた。もう出なくては遅刻してしまう。慌てて玄関に向かい靴を履くと、優斗は誰もいない部屋を一度振り返り、扉を閉じた。
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