第二十一話 闇に咲く光
扉の外では、未だに律が
優斗は今までも度々怒りを
「優斗……優斗ぉ」
何度も声をかけるが返事は無い。
何がいけなかったの?
俺が嫌いになった?
こんなに、こんなに好きなのに。
自分の願いを叶えられる唯一の人。大事な大事な優斗。こんな気持ちは先代の共切所有者にも抱いた事は無かった。
一緒にいるだけで心が満たされて、脳内を覆う霞が晴れる。手を繋げば胸が高鳴って顔が綻ぶ。その時間は闇を歩いてきた律にとって掛け替えの無いものだった。
律が陰陽寮に来たのは八歳の時だ。家族が喰われ、身寄りの無かった律を玲斗が保護し、連れ帰った。それからは同じ境遇の孤児が集められた施設で過ごし、情報部の手伝いをしながら仕事について学んだ。剣術を身につけ始めたのもその頃だ。そこで戦いの才覚を現し、特務部に異動になった。まずは弱い妖刀から慣らして、主な相手は
それはほんの十二歳の時だ。その時点で上位十傑の最年少。周りは大人だらけで、好奇の目で見られた。体にそぐわない大太刀を振るう姿は神秘的でもあり、中には性の対象として近づいてきた輩もいる。男も女も。あどけない少年が殺伐とした現場にいるのだ。それも無理からぬ事だと律は他人事の様になされるがまま、その身を委ねた。愛情が欲しかったのかもしれない。だが、体を重ねた大人達は事が済めば見向きもせず、都合のいい時だけ律を求める。その人達も殆どが死んだ。
現場でもそれは同じで、若い内から序列五位という強い力を持つ御代月に認められた律は凄惨な現場を多く体験してきている。いつも死の最前線に身を置き戦ってきた。人が喰われる場面にも幾度となく遭遇してきたし、命乞いする化け物を切り刻んだ事もある。若輩者が上に立つ事に反感を覚える者からの理不尽な仕打ちにも晒されてきた。
だからこそ、優斗にはそんな思いをしてほしくない。優斗がそんな目に遭うくらいなら自分がなんでもやる。性の
優斗の故郷では試験も兼ねていたからあまり手出しできなかったが、これからはバディを組むのだ。優斗を守り、癒し、ずっと傍にいたい。なんといっても共切の所有者なのだから。
さすがに玲斗を相手にするにはまだまだ弱いが、きっと玲斗からも守ってみせる。お仕置も、耐えてみせる。
しかし、当の優斗が閉じこもってしまった。こういう時、律にはどうしたら良いのか分からない。今までにもバディを組んだ事はあるが、皆死んだ。一緒にいた時も仲良くする気にもなれず、ただの捨て石として使ってきた。それを悪い事だとは思っていないし、後悔もしていない。
だが、優斗は違うのだ。命を賭して守るべき、愛しいたった一人の人。
「優斗ぉ、お願い……開けてよぉ。赦して、ごめんなさい。好きなの、大好きなの」
律は扉に縋り付き乞い願う。しかし、一向に返事は無い。そのまま時間は過ぎ、陽が沈む。それを見た律はふらりと立ち上がった。
「ご飯……ご飯作らなきゃ」
それは刻みつけられた習性。陰陽寮の仕事をする上ではいつ食事にありつけるとも限らない。食卓で食事をするというのは贅沢なのだ。どんな時でも食べられる時に食べる。食べたくなくても食べる。それは特務部以外の部署でも同じだ。情報の整理や研究に寝る間を惜しんで時間を費やす。そのためにも食べなければならない。時にはぐちゃぐちゃになった人の残骸の隣でカロリーバーを口にする事さえあった。そうしなければ生きていけないから。優斗が死ぬのは嫌だ。だから作る。
ふらつく足でキッチンに向かえば必要な家電や食品保存用の棚が並んでいる。事前に少し食料を運び込む様に頼んでいたのだ。
十キロ用の米びつにはいっぱいの米が詰まっていた。ボタンを操作して四合計る。一人二合で足りるかな、と頭を捻りながら、ジャカジャカと洗って炊飯器に入れスイッチを押す。
ご飯が炊ける合間に冷蔵庫を漁れば、冷凍の各種肉類と卵、ベーコンやウィンナーが入っていた。野菜は玉ねぎ、じゃがいもにかぼちゃ、さつまいも。日持ちのする物ばかりだ。急場凌ぎの食材なのだろう。冷凍鶏肉と玉ねぎ、卵を取り出して流しに向かう。調味料は一通り揃っていた。
「今日は親子丼~。優斗喜ぶといいな。食材も、買いに行かなきゃ。一緒に手を繋いで。ふふ」
律は泣きながら手を動かす。
まずはレンジで鶏肉を解凍して卵を解きほぐし、玉ねぎを切る。具材の準備ができたらフライパンをコンロにかけて水、だしの素、みりん、醤油を入れてひと煮立ち。鶏肉と玉ねぎを投入すれば、ふつふつと音を立てて良い香りが漂ってくる。具材に火が通ったら最後に卵を回しいれて完成だ。
手馴れた様子で作業を熟す。今まではただ栄養摂取の意味しか無かった食事も優斗と一緒だと美味しく感じる。
涙を流しながらも律は幸せだった。
丁度ご飯も炊き上がり、丼に盛り付けると食卓に運ぶ。
「優斗美味しいって言ってくれるかなぁ。……元気、出るといいなぁ」
そう言う律の瞳は悲しみに染まっていた。
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