第十七話 陰陽寮特務部特別機動班

 優斗が部下としての態度を示した事で、玲斗も落ち着きを取り戻した。改めて優斗を歓迎し、部屋へと招き入れる。


 部屋は十畳程の広さがあり、事務机が行儀よく並んでいた。向かい合わせで五席、計十席だ。壁際には書類棚が並び、その最奥に離れて一席。その机上には父の名が記されたプレートが乗っている。


 その横に一人の男性が立っていた。二十代半ばだろうか。律と同じくらいの背丈だが、その厚みが違う。洋画のアクション俳優のような体格に短く刈った坊主頭、迷彩のツナギに身を包んでいる。太い眉に四角い顔。こんな怪しい組織より自衛隊にいた方がしっくりくるその人物は、見た目の通り言動も格式張っていた。足は肩幅に広げ、腕は背中で組む、所謂いわゆる休めの姿勢だ。そのまま微動だにしない。


 玲斗がその青年を紹介してくれた。


「彼は僕の相棒バディ永都ながと順一郎じゅんいちろう。順くん。この子が僕の息子の優斗だよ。仲良くしてあげてね」


 優斗も頭を下げ挨拶をする。


「小堺優斗です。父がお世話になってます。未熟者ですが、これからよろしくお願いします」


 それに想像以上の声量が返ってきた。


「自分は永都順一郎であります! 共切の使い手である優斗殿にお会いできて光栄の至り! 共に悪しき者共より民草を守りましょうぞ!」


 怒鳴り声とも取れるその衝撃をまともに喰らった優斗を耳鳴りが襲う。目もチカチカしてふらついた。それを見た律が指差して大笑いする。


「あはははは! 順一郎さんの声凄いよね! 俺も初めて会った時は驚いたな~。でもすぐ慣れるよ!」


 そう言って背中を叩いた。


 律や玲斗とはまた違う、浮世離れの仕方だ。一昔前の軍人じみた喋り方といい、陰陽寮には変人しかいないのか。もしかしたら、その仕事内容のせいではみ出し者が集まってくるのかもしれない。しかも優斗「殿」と来た。年上の先輩にそう言われるのは心苦しい。


 優斗は控えめに後輩として扱うよう頼んでみる。上司の息子とはいえここでは若輩者なのだ。


「あの、僕に敬語はいりません。どうか呼び捨てて下さい」


 そう言うも。


「いえ! 優斗殿は共切の主人! 自分にとっては上官であります!」


 頑として拒否する永都に優斗は面食らった。来たばかりの新人に上官とは。困った優斗が父を見ると、それに気付きコホンと咳払いをして真面目くさった顔で説明を始める。


「妖刀には序列があってね、それが持ち主の序列にもなるんだよ。順くんの刀は薫咒くんじゅといって序列は十五位。これでも上位だけど、共切は唯一の鬼切りの刀だから特級扱いで優くんの方が上なんだ。因みに僕の満影みちかげはなんと序列二位なんだよ!」


 それに律も乗っかった。


「はいはい! 俺の御代月は五位!」


 二人揃ってえへんとばかりに胸を張るが、それでは班長である玲斗より入所したばかりの優斗の方が上になってしまう。それで秩序は保たれるのか。不安に思ってそう問えば玲斗は事も無げに笑う。


「ああ、そこは大丈夫。優くんは形式上三班預かりだけど厳密には所属している訳じゃ無いんだよ。つまり僕の部下じゃ無いって事」


 部下じゃない?

 意味ありげな玲斗の言葉に眉をひそめる。それを見てひとつ頷くと玲斗は続けた。


「これから優くんにはいろんな現場に行ってもらう事になるんだ。班の区別無しにね。任務にはりっちゃんが同行するから安心して」


 視線で指名された律が元気に敬礼して返事をする。


「はい! りっちゃんです!」


 優斗はそれを呆れ顔で眺めた。


 ――何がりっちゃんだ。


 親しげな二人に若干の嫉妬心を持って胸中で毒づく。しかし、そんな息子を横目に玲斗は指を立てて閃いたとばかりに命名する。


「そう! 言うなれば特務部特別機動班! いい響きだ……! 所長に提案しよう。そうと決まれば会議を開いて……」


 一人で思案にふけってしまった玲斗はブツブツと呟いている。昔から熱中すると周りが見えなくなる所はあったがこういう時でもそうなのかと優斗は呆れるばかりだ。以前の優斗なら仕事の事だからとそっとしていた。しかし、もう容赦はしない。力の限り横腹をドつくと、呻き声を上げ体がくの字に曲がった。


「い、痛い! 優くん何するの!?」


 それを冷めた目で見遣りながら顎で続きを促す。


「うぅっ。なんか父さんの扱い酷くなってない?」


 抗議の声に再度拳を振りあげれば慌てて手で制す。


「ごめん! ごめんなさい! えぇっと、そう! 仕事の話だったね。普段なら様々な状況に対応するために戦力を組むんだけど、優くんの任務ははげしめだからね。バディも五位のりっちゃんなんだ。歳も一緒だしやりやすいでしょ?」


 こてんと首を傾げてにこやかに告げる父。四十のおっさんがしても可愛くない。白けた視線を送る優斗にもめげずに両手の人差し指を頬に当て、ニッコリ笑う。


「今すぐ必要な情報はそれくらいかな。優くんには明日から教習を受けてもらうよ。先生は美人なお姉さん! あんまりキレイだからってよそ見ばっかりしちゃダメだからね」


 頬から指を離すとそのまま優斗の鼻をちょこんと触る。ドつかれたばかりだというのに懲りない父に溜息を吐く。


 そこに律の声が上がった。


「先生って幸乃ゆきのさんでしょ? 俺も久しぶりに会いたいな~。は健在なんだよね?」


 ムフフといやらしい笑みを浮かべる律に、玲斗も応じる。


「勿論だよ。は最早歩く凶器だね。あ、でも僕は奥さん一筋だから興味ないもーん」


 コソコソする二人にいぶかしむ優斗の視線に玲斗は焦ったように言い繕う。終いには鳴らない口笛で誤魔化した。そして律に向き直る。


「それからりっちゃんは別の仕事があるからね。教習の間は別行動だよ」


 それに律は泣きそうな顔をしながら駄々を捏ねた。


「え~。やだやだ! 優斗と一緒がいい! 俺も教習受けるから!」


 しかし、玲斗は首を振る。


「ダーメ。寂しいだろうけど一週間の我慢だよ。それとも――」


 するりと妖しい手つきで頬を撫で律の顔を覗き込む。


「お仕置がいいかな?」


 優しい声、優しい口調。しかし、口元は歪に弧を描き、剣呑に細められた瞳には暗い光が宿り愉悦に煌めいていた。その声に律の顔色が青ざめヒュっと喉が鳴る。傍に立つ伊月も息を呑んだ。


 律は己の体をいだき声を絞り出す。


「……ご、ごめんなさい。俺、待ってる。だから許して……下さい」


 俯く律の答えに気を良くしたのか玲斗の表情に明るさが戻った。


「うんうん。りっちゃんはいい子だね。素直な子は僕大好きだな。それじゃ、今日はもう宿舎に行っていいよ。優くん、明日は八時半に第五会議室に集合ね。会議室は三階。分からなかったらその辺の人が教えてくれるよ。りっちゃんは情報部で仕事の詳細を貰って帰ってね。はい、それじゃあ解散」


 玲斗が話は終わりとばかりに手を鳴らす。さっきまであんなに仲が良さそうに話していた二人の変化に戸惑いが隠せず、優斗が父に物申そうと口を開こうとすると律が腕を取って引き止めた。その顔はまだ青いままで、添えられた手も微かに震えている。


「律? お前、大丈夫か?」


 気遣う優斗の声に律は力なく笑った。

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