第四話 定められた継承

 大太刀を納刀し、のんびりと歩いてくる律の胸ぐらを掴んで優斗は食ってかかる。


「おい! 今のなんだよ!? こんな……!!」


 憤りで喉を詰まらせる優斗に律はどうどうと手で制す。


「まぁまぁ、落ち着いて。お腹空かない? もう良い時間だし、お昼にしよう」


 場違いなノリに優斗はがくりと項垂れた。

 そんな優斗を放って律は足取りも軽くリュックの元に駆け寄ると、レジャーシートを広げた。そこに弁当や水筒を出すと手招きする。


「ほら、早く!」


 ルンルンとしながら二段重ねの弁当箱を並べていく。


 しかし、今し方恐ろしい目に遭った場所でのんびり食事する気にはなれず、優斗は口を濁す。


「何もこんな寒い所じゃなくても……、それに虫だって」


 辺りを窺い身を抱く優斗にあっけらかんとした声が上がる。


「えぇ〜、まだ寒い? 虫ももういないよ。しっかり封印したからね。後百年は大丈夫!」


 その言葉に改めて周りに目をやると、確かに冷気は収まり、飛び回っていた虫の姿も消えていて、ただ木々の揺れる音だけが鳴っていた。


 ――封印? こいつ一体……。


 正体不明の少年を優斗は疑惑の眼差しで観察する。

 

 突如として現れた転校生。

 冷ややかな声で祝詞を上げる姿と、今にこやかに弁当を広げている姿はちぐはぐで、まるで同一人物とは思えない違和感だった。


 それにあの百足の化け物。

 あいつは優斗だけを狙ってきた。

 律は死ぬと思っていたと言い、実際なんの手助けもする素振りは無かったのだ。


 それを思い出して一気に頭に血が上る。


「そうだ……! なんであの化け物は僕を狙って来たんだよ!? 祝詞を唱えていたのはお前なのに!」


 激昂する優斗にも臆した風もなく律はヘラヘラと笑いながら衝撃を突きつけた。


「ふふふ、だって俺結界張ってたもん。あの百足には俺が見えてなかったって訳」


 そう言ってTシャツをめくり上げると心臓の位置に一枚の札が貼られていた。初めから仕組まれていたという訳だ。


「でも不快な祝詞は聞こえる。だから優斗を食おうと襲いかかったんだよ。いや〜ホント死ななくてよかったよね」


 そんな軽口に背筋が粟立つ。


「それじゃ……、わざと僕を襲わせたのか? なんの説明もせず、あんな化け物に。もし僕が負けていたらどうするつもりだったんだよ……!」


 わなわなと震える優斗を眺めながら、律の目は剣呑に細められる。


「そりゃ君が死ぬだけだよ。でも、生きてるんだから良いじゃない。何がいけないの?」


 その声は低く冷たい。

 優斗は突き放すような言葉を吐く少年に恐怖を覚えた。


 しかし、あまりに理不尽な言動にそれは一転して怒りに変わる。


「てめぇ……!」


 怒りは頂点に達し、思わず刀に手をかけると律は揶揄からかい過ぎたかと両手を上げて降参の意を表す。


「もう、ごめんってば。口が悪いな〜。可愛い顔が台無しだぞ! それより、ほら! ご飯食べよ!」

 

 さっきの仄暗い表情から一変、また人懐っこい笑顔を浮かべる。


 優斗の頭は混乱した。

 どちらが本当の宮前律なのか判断がつかない。


 律はなおも笑みを湛えて優斗を待っている。

 

 その間の抜けた顔を見ているとなんだか怒っているのが馬鹿らしくなって、深い溜息を吐いた。頭を抱えながらも重い足取りで弁当の元までやって来た優斗はその中身を見て絶句する。


 一段目はラップに巻かれた大きめのおにぎりが十数個。

 そして、二段目は唐揚げ、コロッケ、海老フライにハンバーグ、生姜焼き等々見事に真っ茶色だ。隅の方に申し訳程度に押し込まれた卵焼きが唯一の彩りか。野菜の影は微塵も見られなかった。


 これぞ男飯とでも言うのだろうか。


「……これ、まさかお前が作ったのか?」


 もし母親が作ったのならばここまで茶色に染まらないだろう。恐る恐る聞いてみれば、想像通りの返事が返ってきた。


「そうだよ〜。朝から頑張って作ったんだから! さ、食べよ」


 そう言って紙皿と割り箸を手渡してくる。

 しかし、昨日律は親の都合で越してきたと言っていたはずだ。何故、自分で手作りしているのか不思議に思った。


「もしかして、料理作りが趣味とか?」


 刀を脇に置きながら腰を下ろす。

 興味があった訳では無いが間を繋ぐために問いかけた。


「ううん。俺、一人だから自分で自炊してるだけ。もう長いから手慣れたもんだよ」


 得意げに鼻を鳴らして律が言う。


「でも、昨日親の都合って……」


 確かにそう言っていた。

 その親がいない?

 この少年はどこまでが真実なのだろうか。


「ああ、あれね。嘘。体裁のために親役の人はいるけど他人だよ〜。そう言っといた方が何かと便利でしょ? 食事も自分達で好き勝手にしてる。俺の家族は随分前に死んじゃった」


 おにぎりを頬張りながらにこやかに言い放つ。その言葉に優斗は喉を詰まらせた。


「……悪い……」


 おにぎりに手を伸ばしながら俯く優斗に首を傾げ律は笑う。


「えぇ〜、なんで優斗が謝るの? 別に君が家族を殺した訳じゃないのに。家族を殺したのはね、さっきみたいな化け物なんだよ。俺、元々ここみたいな田舎に住んでてさ。ある日、テレビ観てたら四本角のでっかい化け物が家の中に飛び込んできて、あっという間に両親と兄ちゃんを食べちゃった。俺も食われかかったけど、ある人に助けられてこうして生きてるって訳」


 明るい口調とは裏腹にその内容は凄惨だった。目の前で家族が食われるなんて、どれほど恐ろしかったろう。

 

 だがそれより、そんな恐ろしい過去を嬉々として語る少年を薄気味悪く感じた。


「残念ながらその化け物は逃げちゃったけど、その後助けてくれた人にくっついて化け物退治の仕事を始めたんだ〜。俺、あの化け物は鬼だったんだと思うんだよね。角生えてたし体もデカくて腕も四本あったんだよ!? 早く見つけたいな〜。そしたらさ、滅多刺しにてやるんだ。四肢をバラバラにして、目ん玉くり抜いて、首をねて、はらわた引きずり出して……」


 そう言う律の瞳は暗い光を宿し、口元は弧を描いていた。


 もしかしたら、この少年は壊れているのかもしれない。

 

 優斗は知らず息を詰めていた。

 

 それに気付いたのか、パッと笑顔に戻って律はある提案、いや決定事項を告げてくる。


「あ、ごめんごめん。俺のつまんない話より君の事だよね。君には俺と同じ化け物退治をやってもらうよ。今日は疲れただろうから続きはまた明日。今度は手塚に行くからそのつもりで。そうそう、その刀も忘れずにね。うふふ、嬉しいな~。共切と一緒に戦えるなんて。俺、幸せ」


 突飛な発言に優斗は面食らった。勝手に戦力に数えられている事に憤りを覚える。


「ちょっと待てよ! なんで僕が化け物退治なんてしなきゃならないんだ!?」


 米粒を撒き散らしながら喚く優斗に律は顔をしかめた。


「きちゃないな〜。だって君、その刀を抜いちゃったんだもん。それはね、一代に一人しか抜けないいわく付きの刀なんだ~。号は『共切ともきり童子』。ついでに言うと俺のは『御代月みよつき』ね。それを抜いちゃったら、そりゃ仲間に引き込むでしょ」


 一代に一人?

 つまり今は優斗にしか抜けないという事か。

 それにその名前が物騒だ。


「童子って、鬼の名前じゃないっけ?」


 その言葉に律は意外とばかりにはしゃいだ。


「へぇ、知ってるんだ? そう、それは鬼を殺すために造られた鬼。だから共切。モノホンの妖刀だよ。俺の御代月も妖刀だけど鬼を斬れはすれど殺す事はできないの。だから君が今この世で唯一鬼を殺せる人なんだ〜」


 妖刀。


 これが?


 脇に置いた刀を見つめ、ぶるりと震える。

 

「ふざけるなよ! そんな勝手に決められてたまるか! 僕なんてただ爺ちゃんに剣術を学んだだけの子供だぞ!? もっと強くて、大人で、相応しい人はいるはずだ!」


 しかし、律は首を振る。


「いないよ。勿論、継承候補として育てられてきた人達はいるんだ。でも誰にも抜けなかった。それを君はいとも簡単に抜いちゃったんだ。そんな君を組織が手放すはずがないよ」


 組織。

 また出てきた不穏な響きに優斗は息を呑む。


「組織……って、何」


 掠れる声で問えば、非現実な答えが返ってくる。


「陰陽寮。漫画とかで見た事ない?」


 その顔は悪戯が成功した幼子のように輝いていた。

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