第五話 光明

 その日は一旦解散して、優斗は湯船に浸かっていた。昨日、今日と続け様に酷い目に遭ったと思い返す。


 ちらりと体を見れば、細かい切り傷が無数にあった。静かな日常は消え失せ、非日常がすぐ側にある。

 

 目を閉じれば、おぞましい百足の姿が瞼に浮かんだ。


 そして、律の暗い瞳。


 弁当を食べ終わった後、律はまるで母親のような口調で繰り返した。今日あった事は誰にも言うなと。そこに陰は見当たらず、ただ人懐っこい笑みを浮かべて。


 それから語られた陰陽寮の事。

 律によれば、それは国の警備機関だと言う。京都に本部を置き、平安の世からこの国を闇から守ってきた秘密組織。妖怪やお化けは実在し、その脅威から人々を守ってきた。律もその組織の一員で、優斗を勧誘に来たと。


 それはまるで小説の物語のようで、ぞくりと背中をが這い登り口元が歪んだ。


 優斗は湯を顔に叩きつけ、気を鎮める。


 何故自分なのか、優斗には分からなかった。神社の息子というだけで、平々凡々な高校生だ。今まで怪異に出会でくわした事も無い。祖父や両親だってそう。


 ……そのはずだ。


 それなのに、律はそれが当たり前であるかのように接してくる。本部がどうとか言っていたけれど。


 でも、と優斗は考えた。


 優斗の父、玲斗れいとは警察官で、今は県外に出向している。


 父は昔から出向の多い人で、優斗との思い出は少ない。それでも、警察官として人々を守る父を尊敬していたし、将来は警察官になりたいと思っている。


 陰陽寮も警察も同じ公務員。


 それが、化け物相手に変わるだけ。

 人間相手でも命の危険は伴うのだ。


 弱い人々を守る。

 それに変わりは無い。

 自分にはその力があるのだから。


 そう思えば前向きになれた。

 もし自分が誰かの役に立つのならそれも悪く無いと思う。

 

 ふと、別れ際の律を思い出す。


 明日、また迎えに来ると言って手を振った彼は本当に楽しそうだった。それが、本物なのか、作り物なのか優斗には分からない。


 でも、律が心の底から笑えたら。


 それは幸せな事なんじゃないかと思った。


 そう、これは人のためになるんだと。

 

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