第二話 いざない


 それから一限目まで廊下で時間を潰した優斗は、ようやく落ち着いた自分の席に戻り、教科書を取り出す。


 一限目は数学。

 文系の優斗には朝から気が重いが、しばしの我慢だ。その次には得意な国語の授業が待っている。今日は金曜日だから明日が休みだというのも心を軽くした。


 先生が来るまでに前回のノートを開き、軽く復習をしていると、後ろから背中をつつかれる。


「ねぇ、君。小堺優斗くん? だっけ。さっき聞いたけど神社の息子さんらしいね」


 ニコニコと笑みを浮かべながら話しかけてきたのは勿論、くだんの転校生だ。優斗はちらりと視線だけ向けると、無視を決め込む。


「ねぇ。優斗ってば。あ、俺の事は律って呼んでね。俺さ、親の都合であちこち回ってるんだけど色んな所に行ってるからかその土地の歴史とか史跡に興味があるんだ。この町の事調べたらなんでも化け物を封じた塚があるんだってね? そこを管理してるのが君んちだって聞いたよ。俺行ってみたいんだ〜。案内してよ。いいでしょ? 明日とかどう? 休みだし付き合ってよ」


 あからさまに無視をした優斗にもめげずに律のおしゃべりは続く。

 いきなりの呼び捨てにも驚いたが、そのしつこさにげんなりしながら、口調を強めて拒否の意を込めた。


。あそこは岩と虫しかいないつまんない所だよ。史跡なんて立派な物じゃない。行くだけ無駄」


 聞いてもいない事をベラベラと並べ立てる律に、首だけ振り向きそれだけ言うと、すぐにまた前に向き直った。なおも「ねぇねぇ」と背中をつつく指は無視をする。間を置かずに先生が入ってきたので律もやっと口をつぐんだ。


 ただ頬杖をつきながらぽつりと呟く。


「虫、ねぇ」


 そう言って薄く笑った。




 

 やっと一日の授業が終わり、優斗はほとほと疲れきっていた。授業の合間の休み時間や、昼休みにまで律が絡んできたからだ。


 昼休みなどはわざわざ見つからないように人気ひとけのない裏庭に潜んでいたのに、誰に聞いたのか突撃してきて度肝を抜かれた。


 それもやっと終わる。

 これほど一日を長く感じたのは初めてだ。


 今日を乗り切れば連休だ。二日もあれば諦めるだろうと期待しながら帰りの準備をして、HRが終わると一早く教室を出ようと試みた。

 

 しかし。


 鞄を持ち、立ち上がった瞬間。

 椅子を引く腕を掴まれた。


「優斗、一緒に帰ろ」


 にこやかに笑う律に対して苦々しい顔で対応するも、内心驚いていた。


 優斗は剣術を学んでいるから身のこなしが軽い。それなのに律はいとも簡単にその手を捕らえたのだ。


 忌々しげに掴まれた腕を強引に振り払うと、無言のまま下駄箱に向かう。その後を律が子犬のように追ってきた。


「ねぇ、優斗ってば〜。待ってよ。話聞かせてよ〜」


 校門を出てからもついてくる律にイライラを募らせて、我慢の限界を超えた優斗はとうとう声を荒らげた。


「なんなのお前? 嫌がってるのくらい見れば分かるよな。しつこいんだよ! そんなに行きたきゃ地図でも見ればいいだろ。なんで僕に構うんだよ!?」


 今まで無視されていた律は突然捲し立てた優斗に面食らっていたようだが、パチリと瞬くと瞬時に笑顔になる。


「だって俺、君と友達になりたいんだもん。強いんだって? 俺も腕っ節には自信あるしさ。今度一本相手してよ。あ、その前に史跡に案内してね。調べた所によると四つの塚があるとか。手、足、胴、頭……う〜ん、まずは足塚かな〜。ね、明日連れてってよ」


 声を荒らげた優斗に対しても一歩も引かず、さらには友達になりたいと言う。

 今までにいなかったタイプの人間に、優斗は怒りのやり場を見失いプイっと踵を返す。


「あ、ちょっと。優斗〜。約束だからね!」


 そんな言葉にも返事を返さず、荒い足取りで家路に着いた。


 律はその後ろ姿を手を振って見送り、柔らかな笑顔を引っ込めると剣呑な瞳に暗い光を灯す。


「約束、ね」


 そう呟くとくるりと回転し、鼻歌まじりに逆方向へと歩き出した。



 

 翌朝、早朝稽古を済ませて汗を流し、家族と朝食の席につく。小堺家は基本和食だ。今朝も湯気の立つ具沢山の味噌汁に焼き魚、野菜炒めの卵とじ、小松菜の煮浸しとどれも美味しそうで、抗議を上げるお腹をなだめながら、作ってくれた母に感謝しつつ手を合わせる。


 優斗の家は四人家族だ。

 優しい母の佐江。

 厳しく剣の師でもある祖父の哉斗かなと

 そして優斗。

 

 おっとりした父の玲斗れいとは単身赴任中で留守にしている。


 寂しくないと言えば嘘になるが、いつも明るい母に助けられていた。


 神社を仕切るのは祖父。

 朝食の後は境内を掃いて回り、社殿で祝詞を上げる。母も社務所で売り子として働いていた。田舎町だがそこそこ歴史のある神社らしく、時折観光客がやってくるのだ。


 休日には優斗も手伝っていたのだが。


 しかし、今日はいつもと違っていた。


「ゆーうっとくーん。きったよー!」

 

 社務所兼自宅の玄関で大声で自分を呼ぶ声。

 その声に優斗は悪寒を覚えた。


 神社の場所は教えていない。

 誰かに聞けばすぐ分かるとは言え、まさか実行に移すとは思っていなかったのだ。


 慌てて玄関に走れば、にっと笑う律が待っていた。


「おはよー! さ、行こうか!」


 律は黒字にショッキングピンクのロゴが入ったキャップを被り、Tシャツにスキニーパンツとスニーカーというラフな格好で立っている。

 その背にはリュックと何故か竹刀袋が二本。

 うち一本は相当な長さだ。


 あまりの出来事に優斗が呆けていると、後ろから祖父が顔を出した。


「どうした優斗。お友達か?」


 祖父は白髪をきっちり七三に分け、隙なく白衣と袴を着込んでいる。この暑さだというのに汗一つかいていないのが不思議だ。


 祖父の鋭い目つきに臆する事なく、律は元気に挨拶をする。


「おはようございます! 昨日転校してきた宮前律です。今日は優斗くんに足塚を案内してもらう約束をしてたんです」


 違う。

 優斗は助けを求めるように祖父に首を振って見せる。


 だが、祖父はそんな優斗の願いには気づかず、しばらく律を観察した後「行ってきなさい」と死刑判決にも似た言葉を投げかけた。


 それを聞いた律は浮かれて優斗の手を引く。


「ありがとうございます! 優斗、ほらほら、どっち? お弁当も持ってきたからね。足塚でお昼食べよう! どんな所かなぁ。楽しみ!」


 ウキウキと足取りも軽やかな律とは対照的に、優斗は項垂れ引きずられていった。

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