四節 ディーノお兄様の貧血

 はい。ディーノお兄様にいさまがカッコイイ台詞せりふくお時間じかん

 三。

 二。

 一。

「クレメンス、あまりちゃいけないよ。

 火は人のよわいこころくって、興奮こうふんさせる」

 ディーノお兄様がわたしの才女侍女ソフィアズメイドのクレメンスに目隠めかくしをした瞬間《《ルビを入力…》しゅんかん》。目隠しをされていないわたしのほうまで、お兄様からあぶらにおいがした。

 ディーノお兄様はうしろにいたはずなのに、蒸気じょうきけんすでに【ネーヴェインセット】の脂まみれ。剣もだけれど、ているふくにもベタベタついている。

 意外いがいにも、お兄様のおりをしていたはずのピオの剣は脂にまみれていない。

 おそらく、お兄様がピオよりもまえて、わたしの背後はいごからせま雪虫ユキムシものを「おとく」片付かたづけたのだろう。

 はらうように、一振ひとふりで。

新調しんちょうしたばかりだろ。脂まみれにさせてすまないな」

「い、いえ。守ってくださってありがとうございます。

 ……フレスカお嬢様、ご無事ぶじですか?」

 騎士きしごっこにいそしむディーノお兄様に一目惚ひとめぼれでもしてしまったのか。クレメンスはかおあからめたまま、わたしの心配しんぱいをしだす。でも、きっと、ずかしがって、お兄様からはなれたかったのね。

 こまったわ。

 わたしのかわわりに、ディーノお兄様に愛想あいそうを振りまいてしかったのだけれど。

「……様ッおきゃく様ッ……裏口うらぐちより……くださいッ……裏口ッ……」

 店主てんしゅ氷密ひょうみつとびらの中から避難ひなん経路けいろ案内あんないさけんでくれている。

「蒸気騎士が急行きゅうこうするまで、時間かせぎをしなくちゃいけない!

 フレスカも、胞子ほうしのうぶくろごと蒸気滅菌めっきん出来たな?」

「ディーノお兄様、もう避難しましょう」

 わたしはクレメンスをれて店の裏口へまわろうとしつつ、お兄様には一度撤退てったいすることをおすすめする。

「新調した剣が脂をっておもくなっただけだ。

 まだまだ、平気へいきだ」

 ディーノお兄様の言葉に、ピオは無表情むひょうじょうのまま、蒸気剣をかまなおす。

洗剤せんざいで!

 厨房ちゅうぼうの洗剤をおりして来ます!」

「オーバードライブ中の蒸気結晶けっしょうに洗剤なんかぜてみろ!

 熱々あつあつのドリアよりもあぶないシャボンがはりつくぞ!

 侍女じじょ見習みならいがでしゃばるな!」

 クレメンスの咄嗟とっさ提案ていあん

 それにたいして、ピオは一瞬、ひど怒鳴どなった。

 クレメンスはけじとピオをにらかえすだけ。

 こうなると、ディーノお兄様をのこして、クレメンスと撤退するのはむずかしい。

 クレメンスは「ピオになんかけない!ディーノ様もわたしが守る!」とおかしなことを言いはじめた。

 さて。

 ディーノお兄様はそろそろ気絶きぜつするだろう。

 何故なぜならば、ディーノお兄様は……。


「ディーノ様ああああああ!!!!!」


 ピオがためいきをつくよりもさきに、クレメンスの悲鳴ひめいのほうがはやかった。

 青白あおじろい、の無い顔になったお兄様はまぶたじて、きれいにピオにたおれかかる。

 化け物の死骸しがいと、脂のうみには、顔からちなかった。

「クレメンス、ここまでありがとう。

 貴方あなた喫茶館きっさかんなかへ入って」

「わたしだって、まだたたかえます!」

「わたしが駄目だめになったら、わたしをがして。貴方がここまでもどって来て、犠牲ぎせいになりなさい。これは命令めいれいよ」

一緒いっしょに戦わせてください!」

 わたしにかって、すがるようなこえは出すけれど。クレメンスはディーノお兄様にっている。

「ピオ、ディーノお兄様とクレメンスを退避たいひさせて」

「お嬢様まですくうことはむずかしいでしょう」

「ピオ、いそぎなさい。間違まちがった選択肢せんたくしてなさい」

 ピオはディーノお兄様と自分の剣をクレメンスにわたし、お兄様を野良猫のらねこまみだすように、ふく背部はいぶを摘まみあげて、脂の海のうえきずっていった。

 ◆◇◆◇◆

 おれは「またか」とおもった。

「ピオ、今日きょうはビアンコとレイブン派の決闘けっとうれるかもしれないぞ」とワクワクしていた財閥ざいばつのおぼっちゃま。

 ディーノ様は、いつもこんなかんじで、貧血ひんけつこされる。

 ……女子じょしかよ。

 こんな、たかが雑魚ざこに蒸気剣をブンブン振り回して、キャーキャーさわげば、そりゃあ貧血にもなるさ。

 いもうとのように、もっとしずかかに効率こうちつく戦えないものか。

 そんな馬鹿ばかのおりもしつつ、さけんで馬鹿を心配しんぱいする侍女見習いまで世話せわしなくちゃならないのか。

 面倒めんどうなことを命令してくれたな、フレスカお嬢様は。

御前おまえ足止あしどめが出来るほど、よわくなければ、お嬢様もすくえたんだ」

なにそれ……わたしだって!」

「『もしものとき』をわすくさった御前をえらんだんだ。

 俺は間違っていない。

 俺はまだ、ディーノ様お一人をのこしておのれてられない」

 クレメンスは己の存在そんざい意義いぎであるフレスカお嬢様のそばをはなれてしまった事実じじつにようやく気づいたようだ。

 ◆◇◆◇◆

「ハッハッハッ……ングッ……ハァッハァッ……ハァ……」

 息をととのえようとするも、寒暖かんだん鼻水はなみずれる。

【ネーヴェインセット】ののこりをえて、ようやく、わたしはティッシュで鼻をかむ。


「蒸気財閥才女フレスカ・メンブロお嬢様、お見事みごとにございます」


 ディーノお兄様が倒れたあと後始末あとしまつけつけるのは、彼女かのじょしかいない。

 がメンブロ家のたよれる筆頭ひっとう侍女メイド見参けんざん

 あら、彼女のほかに、彼女のくさえんまでついてきたようね。

定刻ていこくどおりよ。メンブロ家筆頭侍女マリーシルバー、第六侍従チェンバレンダン・コリン」

「おやおや。隠居いんきょしたんじゃ無かったのですか、便べん失禁しっきんじじい?」

相変あいかわらずぼけたことを。おねしょがなおらないんですか、マリーゴールド?」

わたくしはマリーシルバー。

 ゴールドはメンブロ家にあがる前に切り捨てましたの。きっと、物忘ものわすれでしょうね」

 メリーシルバーにいやなことを言われながらも、ダンは【ネーヴェインセット】をみつぶしながら、わたしにあゆみ寄る。

「四年ぶりの新種しんしゅのようでございます。

 まずは、メンブロ家とアデル家けに標本ひょうほんを」

「まあ、どれも状態じょうたいがよろしいです。

 選ぶのに時間がかかりますわ。

 ダン、御前はディーノ様の監視かんしもどりな」

って。

 わたしも屋内おくないに戻りたいけれど、わからないことがあるの。

 むしなんて、霜降シモフリきん寄生きせいされるまえ氷河ひょうが世界せかいさむさでんじゃうわよ。

 新種なんて、ありえるの?」

 ダンはわたしのいかけに、「だからこそ、ディーノ様の空想くうそう過程かてい結果けっかを監視しつづけるのです」と簡潔かんけつこたえてくれた。

 そう。わたしは霜降菌の研究者けんきゅうしゃになりたいわけではない。

 わたしがりたいのは、……ううん、わたしがダンに確認かくにんしたかったのは、これがディーノお兄様が見たかった、活躍かつやくしたかった空想かどうか。


本当ほんとう苦労くろうするわ」

「ご謙遜けんそんを。

 氷獣ひょうじゅう簡単かんたんたおしていらっしゃいましたのに」

 マリーシルバーはわたしの顔にこびりついた脂をタオルでぬぐってくれる。

「霜降菌や氷獣ではなく。

 確実かくじつに、ディーノお兄様に苦労しているのよ」

フレスカお嬢様ソフィア・フレスカ

 だからこそ、貴方様のつよさがつくり出されたのです。

 お心を腐らせずに。

 どうか、お心をこおらせてくださいませ」

 マリーシルバーは心身しんしんともに屈強くっきょう

 でも、わたしはいつまで、ディーノお兄様のしり拭いをしなければならないのだろう。

 四年前の焚火たきび事件じけんだって、酷い経験けいけんをした。

 だから。

 ディーノお兄様がこの世界をうごかす存在そんざいになりつつあると理解りかいしなければならない。

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