三節  火炎瓶が割れる音

 四年前のような焚火たきび熱風ねっぷうかんじられなかった。

 ユラユラとかろやかに、なめらかにれるちいさな

 硝子ガラスびんくちからそこまでたっぷりはいったなにかの液体えきたい。その液体にかったぬのが瓶の口から出て、えている。

 ピオはディーノお兄様にいさませて、ボックスせきからがる。

「レイブンの火炎かえん瓶だ。

 まどからはなれるぞ」

 ビアンコげるのか。グラティ喫茶館きっさかん小窓こまどけて投げるのか。

 このやかたが燃えでもしたら、大変たいへんだ。すぐに、火をこの氷獣ひょうじゅうがやって来てしまう。

館主かんしゅ~、雪虫ユキムシ飛来ひらい~!」

 給仕係きゅうじがかりが小窓の向こうをながえると、階下かいかでドアが蹴破けやぶられないようにしている館主に向かって、さけんだ。

「給仕係は最優先さいゆうせんで窓の氷密ひょうみつとびらろしてください!

 ねんのため、すべての調理ちょうり中止ちゅうしして、飲食いんしょく提供ていきょうめます!

 お客様きゃくさま、どうかご了承りょうしょうを!」

 ガガガガガッ。 

 一瞬いっしゅんにして、小窓が見えなくなった。

 シルフィットどおりにめんした窓とかべおおう氷密扉が天井てんじょうからゆかまで下りて来た。

 まさか、温室おんしつ都市とし普通ふつうの喫茶館でこれが起動きどうするとは思わなかった。


 ガシャーンッ。

 氷密扉がまったせいでそと状況じょうきょうは見えないが、火炎瓶がれるおとだけははっきりこえた。

 建物たてもの外壁がいへきに向かって投げられた。

 直後ちょくごに、厨房ちゅうぼうはたらいてた料理人りょうりにんたちが四人も螺旋らせん階段かいだんで二階よりもさらに上の屋根裏やねうらへ向かって、ふくろに入った消火剤しょうかざい屋根やねからドカドカ散布さんぷはじめる。

 バフッバフッ。

 螺旋階段をつたって、消火剤がちて来ないのは、料理人たちが螺旋階段用の防火壁ぼうかへきと扉をしっかりじてから作業さぎょうし始めたからだろう。


 バジバジバジバジ。

 バジバジバジバジ。

 今度こんどは、温室都市内の狩猟会しゅりょうかいでも聞いたことが無いようなおとがし始めた。

 ちかくのボックスせきでは、学生のあらそいが聞こえ始める。

羽音はおとだ!本当に、雪虫の飛来したんだ!」

 大人おとなしく席にすわっていた男子学生と女子学生のカップルがさわぎ出す。

「雪虫じゃ無くて、綿虫ワタムシでしょ?

 コートにたくさんついてくるし、つぶれるとベタベタする。

 コートをってくればかった」

「この羽音のおおきさだと、霜降シモフリきん寄生きせいしてるぞ!

 アン、裏口うらぐちからげよう」

「逃げたところで、蒸気じょうきけんでベチベチ潰すしか無いんでしょ。いやよ、新調しんちょうしたばかりだもの。

 こういうときは、防火設備せつびがしっかりしたお店の中でやすむのが一番。

 そろそろ、蒸気騎士きしけつけるはずよ」

 女子学生は落ちきのない弱腰よわごしの男子学生をはなわらっている。

しゃべってないで、防菌ぼうきんマスクをつけたほうが良い!

 アン、逃げないつもりか?

 なら、おれさきに逃げるからな!」

「ランス、どうぞご自由じゆうに。今逃げまわるのは、ビアンコかレイブンよ。憲兵けんぺいのお世話せわになりたければきにして」

 男子学生のランスは階下へ下りて、店の裏口うらぐちから逃げ出してしまったようだ。


 さて。わたしたちも、どうするか。

 蒸気騎士があらわれた気配けはいも無い。ということは、まだまだ時間じかんかせぎが必要ひつようだということ。

「蒸気を噴射ふんしゃしつつみちつくって、一体ずつ氷獣を討伐とうばつする。

 マスクをして、はり胞子ほうしいこむなよ」

「わたしの鼻の穴はそんなにデカくありません!それに、雪虫くらい、素手すででも潰せます!」

「そう大きく口を開くな、クレメンス。

【ネーヴェインセット】も巨大きょだいした雪虫のれのて。

 油断ゆだんすると、あっというに針胞子まみれになるぞ」

 ピオが先頭せんとうになって、螺旋階段を下りていく。

「お客様!」

「消火剤がそろそろきるころ

 消化後も氷獣が残留ざんりゅう、蒸気騎士の到着とうちゃくが間にわなかった場合ばあい武装ぶそう市民しみんに討伐の義務ぎむがある」

「……ですが、おもてにはビアンコとレイブン派が」

「憲兵だ!ドアをけなさい!

 ビアンコ派とレイブン派をこの店で保護ほごしろ!」

「憲兵にはしたがったほうが良いでしょう」

「わかりました!今開けます!

 一階のお客様は二階にあがっていください!」

 館主の指示しじに、給仕係が一階のカウンター席とテーブル席の客を螺旋階段へ誘導ゆうどうする。


「まずは武装市民がとおりに出ます!道を開けなさい!」

 喫茶館の外に向かって叫んだピオが先陣せんじんって、グラティ喫茶館のドアからび出した。

 わたしとクレメンスが続いて、お兄様がビアンコ派とレイブン派の三十人ほどと憲兵四人を店の中に誘導すると、ドアの開閉かいへいたびるカラコロンとうドアベルの音がした。

 わたしはその間に、一歩もうごくことなく、三十体以上の巨大な雪虫に蒸気剣をしていた。

 ジュシューッジュシューッ。

 一突きで、【ネーヴェインセット】が動かなくなる。でも。

 シュンシュンシュンシュン。

 突いている最中さいちゅうにも、ほか個体こたい接近せっきんして来るので、蒸気剣から蒸気を噴射ふんしゃさせて、はらう。

 足元あしもとには、ベトベトのあぶらと虫の残骸ざんがいもっていく。

 バジバジバジバジ。

 耳当みみあてがあれば、この虫酸むしずはし不気味ぶきみな羽音が聞こえなくなるのに。

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